コラム

インドの理不尽な裁判を舞台に社会の分断を描く『裁き』

2017年07月07日(金)16時00分
インドの理不尽な裁判を舞台に社会の分断を描く『裁き』

<自殺を扇動する歌を歌ったという不条理な容疑で逮捕された民謡歌手と、裁判官、検事、弁護士の私生活から、インド社会の分断が浮かび上がる>

インドの新鋭チャイタニヤ・タームハネー監督『裁き』は、ヴェネチア国際映画祭でルイジ・デ・ラウレンティス賞(新人監督賞)と先鋭的・革新的な映画を発掘するオリゾンティ部門の作品賞のW受賞を果たした。原題の"COURT"が示唆するように、法廷を中心に展開するこの映画は、まさにそんな賞に相応しい作品といえる。

容疑者に仕立て上げるための裁判

映画の舞台となるムンバイの下級裁判所で裁かれることになる被告は、65歳の民謡歌手ナーラーヤン・カンブレ。彼は、下水掃除人を自殺へと駆り立てた自殺幇助の罪で起訴される。彼はスラムで行なわれた公演で、下水掃除人は自殺すべきだという扇動的な歌を歌い、その2日後にスラムに暮らすパワルという下水掃除人が下水道で自殺したというのだ。

それはなんとも不条理な容疑だが、映画の導入部を見れば、これがどのような裁判であるのかが察せられるだろう。カンブレがスラムで行われている抗議集会に現れ、舞台で歌いだす。その歌には以下のような歌詞が含まれている。


「立て、反乱のときはきた、困難な時代だ、土地を追われる、無知の時代だ、目を開け、敵は全てを滅ぼす、己の敵を知るときだ、宗教の森、カースト差別の森、人種差別の森、民族主義者の森、詐欺とニセモノ、巨大なモール」

しかし、彼が歌い終える前に警官たちが現れ、舞台は中断する。そんなエピソードから、ここで描かれるのが、当局から危険人物としてマークされた人間を、容疑者に仕立て上げるための裁判であることがわかる。

そこで、一般的な法廷劇であれば、検察官と弁護士の攻防が見所になるはずだが、タームハネー監督の関心は別のところにある。それは伏線によって示唆されている。

裁判が始まる前に、弁護士のヴィナイ・ヴォーラーは、「ムンバイ報道協会」で開かれた会合で壇上に立ち、人権に関する報告を行う。それは、爆破事件の容疑で逮捕された被告の事例で、無罪を証明するたびに別件での再逮捕が繰り返され、裁判が長引いていく実態が明らかにされる。このエピソードは、明らかにカンブレの裁判の行方を予示している。

下層カーストの下水清掃人の過酷な現実

では、タームハネー監督は裁判を通して、なにを掘り下げようとしているのか。注目したいのは、このようなやりとりだ。下水道で窒息死していた掃除人は、なぜ自殺と断定されたのか。女性検察官は、故人が安全装備をなにも身につけていなかったからだと説明する。経験者は下水道で発生するガスの危険性を熟知しているため、装備なしに入ることはないというのだ。これに対して弁護士は、故人の妻から、夫が普段から安全装備なしで清掃作業をしていたという証言を引き出す。

そんなやりとりの背後には、重い現実がある。タームハネー監督は、反カーストの立場からカーストの問題に取り組むジャーナリスト、S・アナンドが、下水清掃人の過酷な環境について書いた記事にインスパイアされて、この設定を盛り込んだ。

下水道の清掃は下層のカーストが担ってきたが、アナンドは記事のなかで、2007年の時点で、インド全土で毎年少なくとも22327人の男女が公衆衛生に関わる仕事で命を落としていたとか、マンホールで毎日少なくとも2、3人の労働者が死亡していたという数字や関係者の証言を取り上げている。また、2013年には危険な手作業による清掃を禁じる法的措置がとられたものの、建前にとどまっているという。

この裁判では、そんな基本的人権に関わる人間の死が、危険人物としてマークする人物を容疑者に仕立て上げるために利用され、下水清掃人の過酷な現実の一端が明らかにされても、なんら関心が払われることはない。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

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