コラム

深圳日本人学校の男児殺害に日本はもっと怒るべきだ

2024年09月20日(金)15時58分
深圳

殺害された10歳の男子児童が通っていた深圳日本人学校(9月19日)David KirtonーREUTERS

<深圳日本人学校に通っていた日本人の男子児童が殺害された。日本政府は「誠に遺憾」と述べ、中国政府は「どの国でも起こりえる」と主張しているが、反日感情が生み出した凶行に対し、私たちはもっと怒るべきではないか>

深圳日本人学校に通っていた日本人の男子児童(10歳)が9月18日、中国人の男(44歳)に刃物で襲われ、翌日未明に死亡した。

今回の事件によって、日本人の対中感情は一段と悪化した。2012年の尖閣国有化によって生じた反日デモ以来、最悪かもしれない。いや、「中国=何をするか分からない怖い国」というイメージは、2012年の頃よりも今のほうがずっと強いだろう。

中国に対して多くの日本人が抱いている嫌悪感や恐怖心を、今回の事件は決定的に強めてしまった。

事件について上川陽子外相は「今般の事案を極めて重く受け止めている。登校中の児童に対して卑劣な行為が行われたことは誠に遺憾だ」と述べ、岸田文雄首相は中国側に説明を強く求めると語った。

政府の発するコメントとして、まったく不十分ではないかと私は思う。人命が失われている以上、もっと強い言葉で非難すべきなのではないか。

原発処理水や歴史問題、領土問題などに関して、中国政府はこれまで「中国人民の感情を深刻に傷つけた」、「ここに強烈な不満を表明し断固反対する」、「火遊びをする者は自ら焼け死ぬ」といった非常に強い言葉で日本を非難してきた。

外交問題と殺人事件は同列では語れないとはいえ、今回の事件が起きた背景には、中国政府が繰り返し「反日感情」を煽ってきたことがあると言える。むしろ、原因の半分と言って良いかもしれない。そう考えると、今回の事件はすでに外交問題である。

反日を野放しにする中国政府

柳条湖事件の発生した9月18日は中国では「国恥日」とされ、「勿忘918(918を忘れるな)」といったスローガンが政府主導でニュースやネット上に数多く流れる。

このほか、盧溝橋事件や南京事件などの歴史的な日や、靖国参拝や処理水放出、台湾問題に関するニュースなどが報じられるたびに国民の危機感が煽られるため、SNS上では「もう一度日本に原爆を落としてやろう」といった過激な言説がしばしば出てくる。

中国は政府批判について厳しい検閲を敷いている一方、日本に関する話であれば何を書き込んでもお咎めなしで、明らかなデマを流しても黙認される。日本を擁護するようなコメントはしばしば売国奴扱いされるため、自浄作用は働かない。

その結果、「根底に愛国心があるなら、日本に対しては多少の逸脱行為や無軌道な振る舞いをしても許される」と考える中国人が一定数、出現する。

5月と8月に落書き事件が起きた際、中国政府は「靖国神社は軍国主義の象徴」などと非難の言葉を延々と語ったあと、付け足すように「現地の法律は守るべき」と述べた。

愛国無罪とまではいかないが、愛国心があれば社会的に糾弾されることはないというメッセージになっただろう。

6月に蘇州で日本人母子が襲われた際、中国政府は「偶発的な事件」とした上で「中国は世界でももっとも安全な国の一つ」と大見得を切った。それからわずか3カ月後に再び同じような事件が起き、最悪の結果を生んだ。

あの時、中国政府がたとえば「我々は自国を愛するべきではあるが、愛国心が他国への憎しみとなってはいけない」など、もう少し自制を促すような言葉を発していれば、今回の事件は防げていたかもしれない。「行き過ぎた反日感情」を野放しにしてきた中国政府には、日本人男児が死亡したことに対する責任があるはずだ。

プロフィール

西谷 格

(にしたに・ただす)
ライター。1981年、神奈川県生まれ。早稲田大学社会科学部卒。地方紙「新潟日報」記者を経てフリーランスとして活動。2009年に上海に移住、2015年まで現地から中国の現状をレポートした。著書に『ルポ 中国「潜入バイト」日記』 (小学館新書)、『ルポ デジタルチャイナ体験記』(PHP新書)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

仏大統領、ガザで使用の武器禁輸呼びかけ イスラエル

ワールド

世界各地で反戦デモ、10月7日控え ガザ・中東戦闘

ビジネス

中国住宅販売、国慶節連休中に増加 景気刺激策受け=

ワールド

対イラン報復、適切なタイミングで実施 イスラエル軍
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:大谷の偉業
特集:大谷の偉業
2024年10月 8日号(10/ 1発売)

ドジャース地区優勝と初の「50-50」を達成した大谷翔平をアメリカはどう見たか

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    借金と少子高齢化と買い控え......「デフレ三重苦」の中国が世界から見捨てられる
  • 2
    米軍がウクライナに供与する滑空爆弾「JSOW」はロシア製よりはるかにスマート
  • 3
    野原の至る所で黒煙...撃退された「大隊規模」のロシア軍機械化部隊、密集した車列は「作戦失敗時によく見られる光景」
  • 4
    羽生結弦がいま「能登に伝えたい」思い...被災地支援…
  • 5
    職場のあなたは、ここまで監視されている...収集され…
  • 6
    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…
  • 7
    アラスカ上空でロシア軍機がF16の後方死角からパッシ…
  • 8
    新NISAで人気「オルカン」の、実は高いリスク。投資…
  • 9
    「核兵器を除く世界最強の爆弾」 ハルキウ州での「巨…
  • 10
    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…
  • 1
    ベッツが語る大谷翔平の素顔「ショウは普通の男」「自由がないのは気の毒」「野球は超人的」
  • 2
    ウクライナに供与したF16がまた墜落?活躍する姿はどこに
  • 3
    ウクライナ軍、ドローンに続く「新兵器」と期待する「ロボット犬」を戦場に投入...活動映像を公開
  • 4
    エコ意識が高過ぎ?...キャサリン妃の「予想外ファッ…
  • 5
    アラスカ上空でロシア軍機がF16の後方死角からパッシ…
  • 6
    【独占インタビュー】ロバーツ監督が目撃、大谷翔平…
  • 7
    借金と少子高齢化と買い控え......「デフレ三重苦」…
  • 8
    大谷翔平と愛犬デコピンのバッテリーに球場は大歓声…
  • 9
    NewJeansミンジが涙目 夢をかなえた彼女を待ってい…
  • 10
    米軍がウクライナに供与する滑空爆弾「JSOW」はロシ…
  • 1
    「LINE交換」 を断りたいときに何と答えますか? 銀座のママが説くスマートな断り方
  • 2
    ベッツが語る大谷翔平の素顔「ショウは普通の男」「自由がないのは気の毒」「野球は超人的」
  • 3
    「まるで別人」「ボンドの面影ゼロ」ダニエル・クレイグの新髪型が賛否両論...イメチェンの理由は?
  • 4
    「もはや手に負えない」「こんなに早く成長するとは.…
  • 5
    ウクライナに供与したF16がまた墜落?活躍する姿はど…
  • 6
    漫画、アニメの「次」のコンテンツは中国もうらやむ…
  • 7
    ウクライナ軍、ドローンに続く「新兵器」と期待する…
  • 8
    北朝鮮、泣き叫ぶ女子高生の悲嘆...残酷すぎる「緩慢…
  • 9
    エコ意識が高過ぎ?...キャサリン妃の「予想外ファッ…
  • 10
    キャサリン妃の「外交ファッション」は圧倒的存在感.…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story