コラム

中国経済「崩壊論」の虚と実と

2014年09月18日(木)02時18分

 北京市北部の新興住宅街でエステティックサロン兼美容院を経営する高春梅(25)は、1989年に東北部の吉林省長春市にある農村で生まれた。1人っ子政策が始まった後の生まれだが、父が罰金を払ったため2歳年上の姉と4歳年下の弟がいる。実家はトウモロコシとコメを生産し、ブタも育てている。耕地面積が狭いため出稼ぎに行く家庭もあるが、村全体で平均して7~10万元という収入は中国の農村の中では豊かなほうだ。

 中学を卒業した後、実家で農業の手伝いをしていた高が2日がかりで遠く離れた南の福建省を訪れたのは、親戚のつてを頼って「兵士募集の宣伝を見て、かっこいいと憧れた」軍隊に入るためだった。ただ装備の現代化を進めるためリストラを進める軍に中学を卒業したばかりの女子が入る余地はなく、彼女は結局採用されなかった。

 落ち込んで故郷に戻る気がしなかった高は、北京にいた叔父の元を訪れ仕事を探し始める。最初に紹介されたウエイトレスの仕事は将来性がないと、次に紹介された花屋の仕事は「男の子みたいな自分の性格に合わない」と断り、最後に「手に職をつけたい」と選んだのが美容師の仕事だった。

 姪っ子から相談を受けた叔父は、以前すんでいた胡同(北京の古い横町)の隣家で仲のよかった人が理髪店をやっていたことを思い出す。胡同は取り壊しにあい、元隣人とも連絡を取っていなかったが、以前、市場で偶然にあって北京の西部にある高級団地で美容院を開いていることは知っていた。しかし具体的な場所は聞いていなかったので、叔父は仕事が終わった後、かなり大きな団地を1棟1棟探してようやく元隣人の美容院を見つけ、高はそこで働くことになった。05年の初冬のことだ。

......一見、行き当たりばったりの人生だ。ただ、ここから彼女の快進撃が始まる。生来の負けん気に火が付き、高は毎日身を粉にして働く。マッサージに加えてエステの技術も習得し、最初はたった120元(1920円)しかなかった月給が2カ月目には500元(8000円)、3カ月目には800元(1万2800円)とみるみる増え、最後は多い時で月8000元(12万8000円)稼げるようになった。

 実家に仕送りしながら貯めたお金で、3階建ての自分の店を開いたのが昨年のこと。エステティックサロンと美容院で計7人の従業員を雇い、年間で50~60万元(800~960万円)を売り上げる。90年代生まれで自分たちに比べて我慢のない若い従業員たちに気を使いつつ、年間100万元(1600万円)の売り上げを達成し、さらにいつか2号店を出すのが高の目標だ。

 多少行き当たりばったりでも、やる気と負けん気さえあれば成功できたのが、78年に改革開放が始まってからの中国だった。25歳でエステティックサロン兼美容院を経営する高の人生は、ある意味中国人と中国経済のこの30年間の歩みを象徴している。

「崩壊論」がくすぶり続ける中国経済はなぜ、いつまでたっても崩壊しないのか。不動産バブルで手にしたあぶく銭や高官とのコネを基に莫大な富を築いた富裕層――メディアの報道ではそんな中国経済のネガティブなイメージばかりが先行する。中国の「ダークサイド」のほうが報じやすいという側面は実際、メディアの現場にある。ポジティブに評価した事象の結果が正反対になるとメディアは厳しく批判される。だが、その逆はなぜか誰も気にしない。記者や編集者、ディレクターにとって中国の「ダークサイド」を伝えることは、実はかなり手堅い賭けである。もちろん読者・視聴者ニーズも背景にはある。

 中国経済の成長は、紹介した高春梅ら一般の中国人の「明日は今日よりいい日にする」という期待と希望に支えられてきた部分が大きかったはずだ。あぶく銭やコネに狂奔する人々はごく一部で、中国人の大半は彼らのように日々をつつましく、まじめに生きている。

IMG_0275.JPG

上海と紹興を結ぶ高速鉄道「和諧号」(c) NAGAOKA YOSHIHIRO


 先日、中国に出張した時、上海と約200キロ離れた紹興市を結ぶ高速鉄道に初めて乗った。中国の高速鉄道といえば11年に温州で起きた衝突事故のせいで未だに「危険」という印象がぬぐえない。加えて中国人の乗客たちは所構わず携帯電話でしゃべりまくる――。中国のネガティブイメージを象徴するような場面だが、乗客たちの電話の会話をよく聞けば、仕事の話がほとんど。見方を変えれば、それほど中国でのビジネスは猛スピードで活発に動いているということになる。高速鉄道そのものも、日本の特急や新幹線とサービスや安全性の点で大きな違いは感じなかった。一昔前、中国の鉄道といえば乗客が食べたヒマワリの種をまき散らすことで悪名高かったが、少なくとも周りの乗客にはそんな人はいなかった。

IMG_0276.JPG

「和諧号」の車内。日本の新幹線や特急とそう変わらない (c) NAGAOKA YOSHIHIRO


 もちろんいい話ばかりではない。高春梅の給料がうなぎ上りに増えたのは、本人の頑張りもあるが、それ以上に中国経済全体が北京オリンピックを頂点にした高成長ムードに包まれていたことが大きいだろう。その熱気が消え、低成長時代が目前に迫った今、中国人自身がどう自分たちを「構造転換」していくのか。かつて日本と日本人が30年近く前に経験したより、その道のりははるかに厳しい。何せ人口は日本の10倍以上なのだから。

――編集部・長岡義博(@nagaoka1969)、田中奈美(ジャーナリスト)

*Newsweek日本版9月23日号のカバー特集は「等身大の中国経済」。データには必ずしも現れないリアルな中国人の経済生活を追いました。

プロフィール

ニューズウィーク日本版編集部

ニューズウィーク日本版は1986年に創刊。編集コンセプトは、世界と日本をさまざまな視点から見つめる「複眼思考」。編集部ブログでは国際情勢や世界経済、海外エンターテインメントの話題を中心に、ネットの速報記事や新聞・テレビではつかみづらいニュースの意味、解説、分析、オピニオンなどを毎日お届けしていきます。

ニュース速報

ビジネス

焦点:日銀は政策維持の公算、緩和長期化の副作用も議

ワールド

チリ大統領選、ピニェラ前大統領が勝利

ビジネス

トヨタ、25年までに全販売車種で電動車設定 エンジ

ワールド

仏大統領、来年3月までにEU改革案で独政府との合意

MAGAZINE

特集:日本を置き去りにする作らない製造業

2017-12・19号(12/12発売)

ものづくり神話の崩壊にうろたえる日本。新たな形の製造業が広がる世界

グローバル人材を目指す

人気ランキング

  • 1

    太陽系の外からやってきたナゾの天体、宇宙人の探査機の疑いで調査へ

  • 2

    ひき肉の偽装表示も99%の精度で暴く

  • 3

    歴史的急騰が続くビットコイン 仕掛人は意外にも日本の個人投資家

  • 4

    北朝鮮の消えた政権ナンバー2は処刑されたのか?

  • 5

    推定500歳!地上で最古の脊椎動物はガリレオの時代か…

  • 6

    孤独なオタクをのみ込む極右旋風

  • 7

    「クラスで一番の美人は金正恩の性奴隷になった」

  • 8

    金正恩の「聖地登山」はインスタ映え狙って演出か …

  • 9

    北朝鮮「亡命兵士」の腸が寄生虫だらけになった理由

  • 10

    「深圳すごい、日本負けた」の嘘──中国の日本人経営…

  • 1

    太陽系の外からやってきたナゾの天体、宇宙人の探査機の疑いで調査へ

  • 2

    推定500歳!地上で最古の脊椎動物はガリレオの時代から生きてきた

  • 3

    北朝鮮の消えた政権ナンバー2は処刑されたのか?

  • 4

    中国が密かに難民キャンプ建設──北朝鮮の体制崩壊に…

  • 5

    高いIQは心理・生理学的に危険――米研究

  • 6

    北の核実験で広がる「幽霊病」と苛酷な仕打ち

  • 7

    EVとAIで人気のテスラ ささやかれる「自動車製造を…

  • 8

    「深圳すごい、日本負けた」の嘘──中国の日本人経営…

  • 9

    ビットコインのために自宅を担保にするバカ、米当局…

  • 10

    習近平、「南京事件」国家哀悼日に出席――演説なしに…

  • 1

    北朝鮮「亡命兵士」の腸が寄生虫だらけになった理由

  • 2

    北朝鮮「亡命兵士」の命を脅かす寄生虫の恐怖

  • 3

    金正恩を倒すための「斬首部隊」に自爆ドローンを装備

  • 4

    米朝戦争になったら勝つのはどっち?

  • 5

    「ICBM発射映像に炎に包まれる兵士」金正恩が目撃し…

  • 6

    太陽系の外からやってきたナゾの天体、宇宙人の探査…

  • 7

    「英王室はそれでも黒人プリンセスを認めない」

  • 8

    推定500歳!地上で最古の脊椎動物はガリレオの時代か…

  • 9

    北朝鮮外務省が声明「戦争勃発は不可避、問題はいつ…

  • 10

    「軍事衝突は近い。国防総省は在韓米軍の家族を退避…

胎内のような、安心感のなかでイマジネーションを膨らませる。
日本再発見 シーズン2
ニューズウィーク日本版デザイナー募集
定期購読
期間限定、アップルNewsstandで30日間の無料トライアル実施中!
メールマガジン登録
売り切れのないDigital版はこちら

MOOK

ニューズウィーク日本版 特別編集

最新版 アルツハイマー入門

絶賛発売中!