コラム

話題作『ノルウェイの森』は観たくない

2010年09月06日(月)13時05分

 開催中のベネチア国際映画祭コンペティション部門に出品している『ノルウェイの森』の評判がいいようだ。日本で報じられているように「大絶賛」かどうかは微妙だが、重いテーマを扱いながら、その映像の美しさに引き込まれるという声が多いように思う。

 トラン・アン・ユン監督が村上春樹の『ノルウェイの森』を撮ると知った時には、「かなり期待できそう」と思った。ベトナム系フランス人のトランは私の大好きな監督。『青いパパイヤの香り』(93年)はこれまでのベスト10に入れてもいいくらいの作品だし、ベネチアで金獅子賞を取った『シクロ』(95年)もトニー・レオンのよさを憎いくらい引き出していた。レディオヘッドの「Creep』を聴くと今でも、レオンがナイトクラブで罪悪感にさいなまれるシーンが頭に浮かぶ。音楽、映像、俳優すべてが完璧なシーン!

 トランが『ノルウェイ』でも、その詩的で心に響く映像と物語の作り手として称賛されるのは、まあ当然だろう。

 しかし、直子を演じるのが菊地凛子なのにはかなりがっかりした(相手役の松山ケンイチはいいとして)。

 菊地がアカデミー賞助演女優賞にノミネートされて注目を集めたのは、アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督の『バベル』(06年)。これで「国際派女優」の看板が付くようになったが、個人的には、菊地の存在があの作品をだめにしていると思った。

 とにかく、高校生くらいの年頃の女の子からにじみ出てくるみずみずしさ、危うさのようなものが感じられない。「外国人は日本人ほど、俳優の年齢と役の年齢の違いを気にしない」という話は聞くが、それにしても無理がありすぎて、ノーパンで下半身を広げてみせるシーンもなんとなく汚らしく見えただけ。私は試写室で観たが、ラストシーン、全裸になった菊地のしぼんだおっぱいが映った瞬間に「ああ、この映画はだめだ」と感じてしまった。

 案の定、『バベル』は話題になった割には興行的にも賞レースでもいまいちだった。厳密に言えば、菊地の存在があの作品のだめさ加減を象徴していた、と言ったほうがいいかもしれないが。

 吉永小百合が30代の母親役を演じても、寺島しのぶが野心(&色気)ムンムンで体当たりの演技をしても、同じような違和感を覚えないのはなぜだろう。個人の生理的感覚という一言では片付けられないような気がするので、誰か同じように感じている人がいたら教えてほしい。

 『ノルウェイ』の直子も、精神のバランスを崩していく難しいクセのある役どころだ。菊地が『バベル』で演じたろうあの高校生にも通じるものがあるから、本当に不安だ。日本では12月公開。すごく観たいが、すごく観たくない......。

――編集部・大橋希

このブログの他の記事も読む

プロフィール

ニューズウィーク日本版編集部

ニューズウィーク日本版は1986年に創刊。世界情勢からビジネス、カルチャーまで、日本メディアにはないワールドワイドな視点でニュースを読み解きます。編集部ブログでは編集部員の声をお届けします。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

英インフレ率目標の維持、労働市場の緩みが鍵=ハスケ

ワールド

ガザ病院敷地内から数百人の遺体、国連当局者「恐怖を

ワールド

ウクライナ、海外在住男性への領事サービス停止 徴兵

ワールド

スパイ容疑で極右政党議員スタッフ逮捕 独検察 中国
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 2

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の「爆弾発言」が怖すぎる

  • 3

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバイを襲った大洪水の爪痕

  • 4

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 5

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    冥王星の地表にある「巨大なハート」...科学者を悩ま…

  • 9

    「なんという爆発...」ウクライナの大規模ドローン攻…

  • 10

    ネット時代の子供の間で広がっている「ポップコーン…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 6

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 7

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    ダイヤモンドバックスの試合中、自席の前を横切る子…

  • 10

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story