コラム

中国のメンツを潰したアラカン軍とは何者か──内戦続くミャンマーの「バルカン化」

2024年01月22日(月)18時55分
アラカン軍のトゥンミャナイン司令官

アラカン軍のトゥンミャナイン司令官(2015年5月6日) Stringer-REUTERS

<中国が仲介した停戦合意を3日で破棄。「反・軍事政権」では民主派と一致しているアラカン軍だが、優先事項は「ミャンマーの民主化」よりも......>


・ミャンマーで続く内戦で中国は停戦合意を仲介したが、その3日後に武装組織「アラカン軍」は合意を破棄し、北西部の主要拠点を制圧したと宣言した。

・中国の仲介を反故にしたアラカン軍は軍事政権と対決しているが、軍事政権の最大スポンサーである中国から支援を受けているといわれる。

・つまり中国は「飼い犬に手を噛まれた」わけだが、それでもミャンマー北西部に事実上の独立政権が発足した場合には黙認せざるを得ないとみられる。

中国の仲介を無視した「北西部制圧」

ウクライナやガザの陰でスポットが当たりにくいが、ミャンマーはアジア最大の戦場と呼べる。

2021年2月のクーデタでアウン・サン・スー・チーら民主派が逮捕・投獄されて以来、民主派が事実上の亡命政権「国民統一政府」を発足しただけでなく、それまで押さえ込まれていた少数民族の武装組織が各地で蜂起し、軍事政権と衝突を繰り返しているのだ。

戦闘と並行して、軍事政権支持者による民主派、異教徒、マイノリティへの襲撃も増えていて、死者は6000とも3万以上ともいわれる。

武装組織を社会的に孤立させるため、反体制派を支持する住民まで国軍は組織的に殺害しているといわれ、こうした手法を国連は「ジェノサイド」と呼んでいる。

このミャンマーで15日、武装組織の一つアラカン軍が「北西部の拠点を制圧した」と発表した。それによると、インドやバングラデシュとの国境にちかいチン州の主要都市パレッワ一帯から国軍は駆逐されたという。

パレッワ

これは大きな意味をもつ。

そのわずか3日前、軍事政権はアラカン軍を含む三つの武装組織との間で停戦が合意したと発表していたからだ。しかも、その停戦合意は中国の仲介によるものだった。

中国のメンツを潰したアラカン軍とは

中国は隣国ミャンマーの最大の貿易相手国で、軍事政権の最大のスポンサーとみられている。

その仲介で停戦合意が成立したはずの直後、中国や軍事政権のスキをつくようにしてアラカン軍が北西部を制圧したことは、国軍の後退だけでなく、中国のメンツが潰されたことも意味する。

そもそもアラカン軍とは何者か?

アラカンとはミャンマー北西部の古い地名に由来し、アラカン軍はチン州やラカイン州北部での自治権拡大を求める武装組織だ。2021年のクーデタ以前から頻繁に軍事政権と衝突し、「テロ組織」に指定されていた。

ミャンマー各地ではもともと少数民族の武装活動があったが、クーデタ後はそれが拡大している。そのなかでもアラカン軍は、多くの反体制派を吸収して3万人以上ともいわれる巨大勢力になった。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

英中銀が金利据え置き、5対4の僅差 12月利下げの

ビジネス

ユーロ圏小売売上高、9月は前月比0.1%減 予想外

ビジネス

日産、通期純損益予想を再び見送り 4━9月期は22

ビジネス

ドイツ金融監督庁、JPモルガンに過去最大の罰金 5
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 3
    「これは困るよ...」結婚式当日にフォトグラファーの前に現れた「強力すぎるライバル」にSNS爆笑
  • 4
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 5
    NY市長に「社会主義」候補当選、マムダニ・ショック…
  • 6
    「なんだコイツ!」網戸の工事中に「まさかの巨大生…
  • 7
    カナダ、インドからの留学申請74%を却下...大幅上昇…
  • 8
    約500年続く和菓子屋の虎屋がハーバード大でも注目..…
  • 9
    もはや大卒に何の意味が? 借金して大学を出ても「商…
  • 10
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 6
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 7
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 8
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 9
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 10
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story