コラム

「行き過ぎた円安」の修正、更に続く可能性

2022年08月03日(水)15時00分

今年5月、G7サミットでの黒田日銀総裁...... REUTERS/Thilo Schmuelgen

<最近の大幅な円高の動きをみると、7月まで不確実に為替市場が動いた中で、日本銀行の徹底した金融緩和維持の対応が妥当であったとことが、改めて評価されるだろう......>

為替市場において、7月中旬に一時1ドル139円まで円安ドル高が進んだ後、月末までに大きく円高に動いた。そして今週8月に入ってから、一時1ドル130円台まで円高が進む場面があった。

円高ドル安のきっかけは、7月27日のFOMC(米連邦公開市場委員会)で、FRB(米連邦準備理事会)による利上げが早々に打ち止めになるとの期待が高まったことで、実際FOMC後に米長期金利が一時大きく低下した。ただ、ユーロドルをみると、FOMC後にユーロドルはややドル安になった程度で、為替市場全体で「ドル安期待」が大きく強まったようには思われない。

一方、日本側で円高要因を探しても、明確な材料は思い当たらない。なお、株式市場では、米国株は7月後半に大きく上昇しており、日本株は7月後半からほぼ横ばいで推移している。株式市場における資金フローの動きは、むしろドル高方向に作用している可能性がある。

日本銀行が金融緩和の修正を迫られるとの見方が強まったが......

7月後半の大幅な円高ドル安は、米国の長期金利低下とともに進んでいる。一方で、春先からのドル円と米長期金利の関係を遡り振り返ると、3月初旬には115円付近だったドル円が、6月初旬の135円付近まで約20円ドル高円安に動いた。この時までは、米10年金利は1.7%付近から3.5%まで上昇しており、米金利上昇によってドル高円安はかなり説明できた。

その後、米国金利は6月中旬にピークをつけ、原油安などでインフレ期待の低下をうけて低下した。一方ドル円は、7月中旬まで139円台までドル高円安が進み、米金利と方向性が異なる動きをみせており、米金利では説明できない円安が進んだ。

7月中旬まで、ドル高円安が続いた理由ははっきりしない。為替市場で時折観測されるバンドワゴン効果によって、自己実現的な円安期待が強まり1ドル140円に迫るまで円安が進んだとみられる。自己実現的な円安期待が強まった一つの要因は、メディア等で報じられているとおり、日本銀行が現行の金融緩和(YCC、イールドカーブコントロール)の修正を迫られ、日本の長期金利が上昇するとの見方が、海外投資家を中心に強まったことがあるだろう。

実際には、日本銀行が現行の金融緩和を徹底する姿勢は春先からほとんど揺らいでいないのだが、米欧の金利上昇の後追いで、日本の長期金利も上昇するとのシナリオに賭けるポジションが積み上がっていたとみられる。そして、日本の長期金利上昇に期待した投資家は、同時に円安が進むとの見通しを持っていたとみられ、この思惑が7月中旬までの自己実現的なドル高円安を後押しした可能性がある。

ただ、日本銀行の金融緩和への姿勢が全く揺るがないことが明らかになり、「年内にYCC政策の変更」を予想していた数少ない日銀ウォッチャーが見通しを修正する中で、海外投資家を中心に日本の長期金利上昇に賭けるポジションを維持することが難しくなったとみられる。

そして、日本銀行の金融緩和撤廃を促す、「自己実現的な円安が続く」との期待が剥落、7月半ばまでの「行き過ぎた円安」が修正されることになった。このため、米金利低下がドル安円高を加速させることになり、短期間で一気に130円台まで大きく円高が進んだと思われる。

プロフィール

村上尚己

アセットマネジメントOne シニアエコノミスト。東京大学経済学部卒業。シンクタンク、証券会社、資産運用会社で国内外の経済・金融市場の分析に20年以上従事。2003年からゴールドマン・サックス証券でエコノミストとして日本経済の予測全般を担当、2008年マネックス証券 チーフエコノミスト、2014年アライアンスバーンスタン マーケットストラテジスト。2019年4月から現職。著書「日本の正しい未来」講談社α新書、など多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

香港のビットコイン・イーサ現物ETF、来週取引開始

ビジネス

氷見野副総裁、決定会合に電話会議で出席 コロナに感

ビジネス

ホンダ、旭化成と電池部材の生産で協業 カナダの新工

ビジネス

米家電ワールプール、世界で約1000人削減へ 今年
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴らす「おばけタンパク質」の正体とは?

  • 3

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗衣氏への名誉棄損に対する賠償命令

  • 4

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 5

    マイナス金利の解除でも、円安が止まらない「当然」…

  • 6

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 7

    ワニが16歳少年を襲い殺害...遺体発見の「おぞましい…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ケイティ・ペリーの「尻がまる見え」ドレスに批判殺…

  • 10

    イランのイスラエル攻撃でアラブ諸国がまさかのイス…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 7

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 8

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story