コラム

性分化疾患を抱える女子ボクサーは「女性」だ...パリ五輪の性別騒動

2024年08月03日(土)18時01分
ボクシング女子アルジェリア代表イマネ・ヘリフ選手の性別騒動

Isabel Infantes-Reuters

<ボクシング女子で騒動となった「性別問題」。無責任なデマやうわさに振り回されず、正確な情報を基に考えるべきだ>

[ロンドン発]パリ五輪ボクシング女子66キロ級で8月1日、イマネ・ヘリフ選手(アルジェリア)と対戦したアンジェラ・カリニ選手(イタリア)は涙を浮かべ46秒で棄権した。「鼻に強い痛みを感じた。自分のために止めた。自分の命を守らなければならなかった」と話した。

ヘリフは国際ボクシング協会(IBA)が主催する昨年の世界選手権で性別適格検査により失格となった。国際オリンピック委員会(IOC)は「パスポート上、女性なら出場できる」との立場で、ヘリフは3年前の東京五輪に出場した。パリ五輪を取り仕切るのはIBAではなくIOCだ。

ごくまれに生殖器や性器が通常の性染色体とは異なって見える人がいる。ヘリフはDSD(性分化疾患)として知られるこの疾患で、出生時は女の子として登録された。パリ五輪前のインタビューで「イマネ・ヘリフが勇敢な女性であることを全世界に示したい」と意気込んでいる。

「トランスジェンダー女性」とは異なる

2日には57キロ級2回戦で、昨年の世界選手権でヘリフと同じように性別適格検査で失格となった林郁婷(りん・いくてい、台湾)選手がシトラ・ツルジベコワ選手(ウズベキスタン)に判定勝ちし、準々決勝に進んだ。林は2018年と22年に世界選手権を制している。

性分化疾患を抱えるヘリフも林も「トランスジェンダー女性」(男性の身体で生まれたものの性自認は女性)とは異なる。IBAは女子を「XX染色体を持つ個人」、男子を「XY染色体を持つ個人」と定めるが、世界選手権ではテストステロン値の検査は行っていないとの立場だ。

米国やロシアの大統領選、インドの総選挙と歴史上最大の選挙イヤーの今年、保守とリベラルの対立は先鋭化する。ネオファシストの流れを汲むイタリアのジョルジャ・メローニ首相は「男性の遺伝的特徴を持つアスリートは女子の競技に参加させるべきではない」と便乗した。

子どもの頃からいじめられたセメンヤ

生物学的な女性にこだわる魔法使い「ハリー・ポッター」シリーズの人気作家J・K・ローリング氏は「DSDを持つ人は生まれ方をどうすることもできないが、女性からメダルを奪わない、ケガをさせないという選択はできる」との極論をX(旧ツイッター)に投稿した。

IOC報道官は「女子のカテゴリーに出場する選手は全員、競技資格規定を順守している。彼女たちのパスポートには女性であることが記載されている」との立場を改めて強調。IBAの立場とは異なり、昨年の世界選手権で失格となったのはテストステロンの上昇によるものだと説明した。

性分化疾患を抱えるアスリートで有名なのは陸上女子800メートルでロンドン五輪、リオ五輪を連覇した南アフリカのキャスター・セメンヤ選手だ。男の子のように見えたことから子どもの頃からいじめられ、何度も性別を疑われた。IOCにとってこの問題は蒸し返しである。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=S&P・ナスダックほぼ変わらず、トラ

ワールド

トランプ氏、ニューズ・コープやWSJ記者らを提訴 

ビジネス

IMF、世界経済見通し下振れリスク優勢 貿易摩擦が

ビジネス

NY外為市場=ドル対ユーロで軟調、円は参院選が重し
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは「ゆったり系」がトレンドに
  • 3
    「想像を絶する」現場から救出された164匹のシュナウザーたち
  • 4
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が…
  • 5
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
  • 6
    「二次制裁」措置により「ロシアと取引継続なら大打…
  • 7
    「どの面下げて...?」ディズニーランドで遊ぶバンス…
  • 8
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人…
  • 9
    「異常な出生率...」先進国なのになぜ? イスラエル…
  • 10
    アフリカ出身のフランス人歌手「アヤ・ナカムラ」が…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 3
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 4
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
  • 5
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    アメリカで「地熱発電革命」が起きている...来年夏に…
  • 8
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 9
    ネグレクトされ再び施設へ戻された14歳のチワワ、最…
  • 10
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パス…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 4
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測…
  • 5
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 6
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 9
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 10
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story