コラム

経済を理解しなければ、ウクライナでプーチンが「賭けに出る」理由は分からない

2022年02月22日(火)18時30分
プーチン大統領

EVGENIA NOVOZHENINAーREUTERS

<ウクライナ危機は、政治的には「ウクライナの欧州化を防ぐ」のが目的だが、背景には世界的な再生可能エネルギーへのシフトで追い詰められるロシア経済の現状がある>

ウクライナ情勢が切迫している。2月17日時点でまだ侵攻は行われていないものの、ジョー・バイデン米大統領とウラジーミル・プーチン露大統領が電話会談を行うなど、ギリギリの交渉が続いている。

今回の出来事は、政治的に見ればウクライナの欧州化をめぐるロシアと欧米の争いだが、再生可能エネルギーへのシフトとそれに伴う原油価格の動きという経済的な問題も絡んでいる。

ロシアはアメリカとサウジアラビアに次ぐ産油国であり、天然ガスの産出量も世界第2位である。ロシア経済は完全に原油に依存しており、原油価格が下落すると財政赤字と経常赤字に、逆に原油価格が上昇すると財政も国際収支も黒字に転換する。ロシアにとって原油価格は高めで安定していることが望ましいわけだが、ここにきて厄介な問題が持ち上がった。それは全世界的な再生可能エネルギーへのシフトである。

今後、石油需要が大幅に減少した場合、今のままではロシア経済は成り立たなくなってしまう。これはサウジアラビアなど他の産油国にとっても同じであり、需要があるうちにできるだけ高い価格で原油や天然ガスを売っておきたいとの意向が働く。

中東各国は石油需要が激減しても、これまでに獲得した余剰資金を運用して利益を得る方法や、地理的特性を生かして太陽光発電所を整備し、豊富な電力を利用して水素を製造するという選択肢が残されている(中東は世界でも屈指の日照量を誇る)。カタールなどは既にそうした方向に舵を切っているが、天候が悪いロシアにその選択肢はない。

ロシアにもオイルマネーを原資とする政府系ファンド(国民福祉基金)があるが、規模が小さく今後のロシア経済を支える力はない。

ロシアが危機を煽る経済的な動機

こうしたロシアのファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)を考えると、危険なゲームとはいえ、ロシアがウクライナ侵攻を企てることには、政治的な動機はもちろん経済的な動機もある。

欧州各国は脱炭素シフトを進めるため、石炭火力を次々と廃止している。再生可能エネルギーの設備が完全に整うまでの過渡期には、どうしても天然ガスに頼らざるを得ない。欧州の天然ガスはロシアに依存しているため、欧州にとって天然ガスはアキレス腱であり、ロシアにとっては逆に最大の交渉材料となる。

プロフィール

加谷珪一

経済評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネス、ITなどの分野で執筆活動を行う。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
『お金持ちの教科書』 『大金持ちの教科書』(いずれもCCCメディアハウス)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)など著書多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

豪6月失業率は3年半ぶり高水準、8月利下げ観測高ま

ビジネス

アングル:米大手銀トップ、好決算でも慎重 顧客行動

ワールド

WTO、意思決定容易化で停滞打破へ 改革模索

ビジネス

オープンAI、グーグルをクラウドパートナーに追加 
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 2
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 3
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長だけ追い求め「失われた数百年」到来か?
  • 4
    アメリカで「地熱発電革命」が起きている...来年夏に…
  • 5
    ネグレクトされ再び施設へ戻された14歳のチワワ、最…
  • 6
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パス…
  • 7
    「巨大なヘラジカ」が車と衝突し死亡、側溝に「遺さ…
  • 8
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 9
    「異常な出生率...」先進国なのになぜ? イスラエル…
  • 10
    約3万人のオーディションで抜擢...ドラマ版『ハリー…
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 3
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 4
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首…
  • 5
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 8
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パス…
  • 9
    アメリカで「地熱発電革命」が起きている...来年夏に…
  • 10
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 7
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 8
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 9
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story