コラム

電気料金の値上げは誰のせい?

2013年11月09日(土)16時09分

 英野党・労働党のエド・ミリバンド党首が先日行った約束は、多くの無党派層を引き付けたことだろう。次の総選挙で労働党が政権を取ったら、家庭用の電気・ガス料金を2年ほど据え置くと発表したのだ。僕を含めて何人かの評論家は、これを「ポピュリスト」戦略ととらえた。現実をあまり考えない、ただの人気取りに思えたからだ。

 価格凍結はエネルギー会社にとって重要なインフラ投資ができなくなることを意味するとか、十分な卸売エネルギーを買うことができず停電につながる可能性がある、と主張するビジネスライターもいた。僕のような皮肉屋はただこんな風に推測した。エネルギー会社は労働党政権になりそうだと見込んだところで、料金を「事前値上げ」するのではないか。

 実際、数週間のうちに、大手電力数社が家庭向け電気料金についてインフレ率の3倍以上という大幅な値上げを発表した。最初がSSE(スコティッシュ&サザン・エナジー)で8.2%の値上げ。それにブリティッシュ・ガス(9.2%)、エヌパワー(10.4%)、スコティッシュ・パワー(8.6%)が続いた。人々は憤慨し、誰が正しいのかよく分からない議論が巻き起こった。

 消費者にすれば、企業がカルテルのように足並みをそろえているのではないかと勘ぐらずにいられない。企業間の競争なんて幻想だ、と人々が言うのもよく耳にする。電気やガスの料金は毎年、インフレ率以上に値上がりしている。とすると、エネルギー会社が料金を2年間凍結しても、例えば6年間インフレ率と同じ割合の値上げを課された場合よりも最終的にはずっと高い料金になる。

 エネルギー業界は80年代、マーガレット・サッチャー首相によって民営化された。サッチャーは、競争(国民が電力・ガス会社を選ぶことができる)によってサービスが向上し、低価格が実現すると唱えた。しかし、どうなったかははっきりしている――人々は家を暖めたり、明かりをつけたりするのにエネルギーを「使わなくてはならない」。だから料金を値上げしたって、それと同じペースで顧客が離れていくことはない。そのことに企業側は気付いたのだ。

 値上げに関してはいつも、これら巨大企業の広報チームが慎重に「理由」を提示してくる。原油価格が上がれば、それが料金値上げの最も明快な理由になる。原油価格が下がるか、変わらない場合は別の理由が付けられる。「重要な長期的投資のために」とか、再生可能エネルギーや「地球にやさしいが、高コストの計画」による発電の割合を増やす必要があるなどだ。

■どこに怒りの矛先を向ければいいか分からない

 最近の値上げについては、電力会社は政府のせいにしている。確かに電気料金のかなりの部分は、前回の労働党政権時代にエネルギー・気候変動相だったミリバンドが導入した法律による環境コストのせいだ。一方、あらゆる政党の政治家たちは値上げをするエネルギー企業の強欲さを非難している。

 生活に不可欠なサービスを受ける国民の権利を守るはずの監督機関もあるが、こうした機関は得てして役に立たないと思われている。少なくともある例では、監督機関は状況を悪化させていると思う。「簡素化」のためと称して、固定費のない電気料金メニューを廃止するようエネルギー企業に迫ったのだ。これは電気やガスをほとんど使わない人々(小さなアパートに住んでいて、たいていは貧しい)や、一年に数週間しか使わない別荘を持っている人々にとっては不利だ。

 こんな状況では、一般市民が料金値上げについてどこに怒りの矛先を向ければいいか分からなくなるのも無理はない。

 批評家たちは、電力会社の利益は過去10年ほど劇的に増加しており、株主への配当金も同様だと指摘する。これに対して電力会社側は、自分たちの利益率はほかの業界に比べて低いと応酬。それは嘘ではないが、ほぼ固定した顧客を持つ大企業はたいてい低い利益率で経営している、という事実を無視した言い分だ。

 電気・ガス料金が上がり続ける原因はイギリスのエネルギー産業の構造にある、と業界の専門家が述べているのも読んだが、こうなると僕にはもうお手上げだ。

 イギリスの人々は、「ビッグ6(6大エネルギー企業)」のうち3社は外国資本であることも腹立たしく思っている。スコティッシュ・パワーはその名前にもかかわらずスペイン企業が所有しており、エーオンとエヌパワーはドイツ企業だ。

 だが何より僕たちがうんざりしているのは、エネルギー需要がピークを迎える寒くて暗い冬の直前にいつも値上がりが行われることだ。ミリバンド氏の単純過ぎる約束が国民を引き付けるのは、少しも不思議なことではない。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

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