コラム

すまない、ダニー

2011年01月31日(月)16時34分

 オックスフォード大学出身者としておもしろいことの1つは、当時の知人が有名人になったりすることだ。そうなる運命が目に見えてわかる人もいる。たとえば僕の友達のサミールは天才で、彼の分野(あまり一般的な分野ではないが)でトップに上り詰めるだろうと思われていた。だが時には、まったく予期せぬ人物が今の世の中を動かしていたりする。

 ダニー・アレクザンダーは僕より1学年下だった。若者にありがちなように、僕や僕の友達は彼(や下級生みんな)に対して見下すような態度を取っていた。ダニーは長身で色白、赤毛でスコットランドなまりが強かったから、けっこう目立つ存在だった。

 しかし僕らがムカついたのは、彼がある日、大学のバーで僕たちを「ハッキング」しようとしたからだ。「ハッキング」とはオックスフォード大生の用語で「下心を持って接近し、親しくなろうとすること」を意味する。

 もちろんハッキングは決して珍しいことではない。そうでなければ、こんな言葉も生まれないだろう。とはいえ、ハッキングは2つの理由で嫌がられていた。まずは、「友達になりたいから」以外の理由で誰かと友達になろうとするなんて、嫌らしいことだと思われていたからだ(僕は今でも「ネットワークを作る」「接触を図る」「コネを使う」ことはかなり下品だと思っている)。次に、見るからに野心的なのはアメリカでは良しとされるが、イギリスでは好まれないからだ(野心を燃やすのはけっこうだが、ひそかに燃やしてもらいたい)。

 だからカレッジの自治会組織の役員に立候補していたダニーが親しげににじり寄って話しかけてきたとき、僕らは彼に反感を持った。僕は何人かに、ダニーには投票するなと言った。投票日の最後に投じられた2票は僕と友人の票で、ダニー反対票だったのを僕は知っている。今となっては思い出してもバツが悪いが、手違いで友人は2回投票することになったのだった(どちらもダニーへの反対票だ)。

 カレッジの学生数はほんの300人ほどだったし、そのうち投票するのは200人くらいだったろうが、僕の影響力が彼の優勢を「揺るがす」とは思ってもいなかった。しかし結果は僅差で(二重投票の1票がなければダニーが当選していたくらいの僅差だ)、続く再選挙の結果、ダニーは敗れた。

 ダニーは投票で混乱があったことを少し後になって聞いたが、立派なことに、騒いだり誰かのせいにしたりもしなかった。

■今やイギリスの運命は彼の手に

 大学を卒業してから数年後、ロンドンの地下鉄に乗り込んだとき、隣りにダニーが立っているのに気がついた。僕らは15分ほどおしゃべりをした。彼は叔母と一緒に暮らしていて、安い給料で自由民主党の仕事をしていて、政治の世界でやっていきたいんだというようなことを話してくれた。その姿は誠実そのもので、僕はちょっとした「ハッキング」のせいで彼にあんなにもひどい仕打ちをしたことを後悔した。

 もっとも、僕のやったことは彼のキャリアにとってちっとも邪魔になんかならなかった。ダニーは05年に下院議員に当選し、昨年は組閣作業チームの一員として、比較的小規模な彼の自民党を、第1党の保守党と連立させることに成功した。新内閣で、ダニーはスコットランド相に任命された。最重要ポストではないが、わずか38歳の若さで入閣したのだ。

 その後思いがけず、自民党の重鎮だった財務担当相が辞任に追い込まれた。連立政権内でバランスを取るには、後任は同じ自民党でなければならない。多くの人間が早すぎる大抜擢と考えたが、ふさわしい候補者はダニーしかいなかった。

 ダニーは今や、イギリスの膨大な財政赤字を削減する重責を担う人物となった。削減が行き過ぎれば経済回復が危うくなるし、十分でなければイギリスはもたないだろう。この国の運命はダニー、君の肩にかかっている。幸運を祈る。最善を尽くしてくれ。そしてあの投票の一件を謝りたい。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ステランティスCEO、米市場でハイブリッド車を最優

ビジネス

米ダラー・ゼネラル、通期の業績予想を上方修正

ビジネス

実質消費支出10月は3.0%減、6カ月ぶりマイナス

ワールド

マラリア死者、24年は増加 薬剤耐性や気候変動など
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 2
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させられる「イスラエルの良心」と「世界で最も倫理的な軍隊」への憂い
  • 3
    高市首相「台湾有事」発言の重大さを分かってほしい
  • 4
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国…
  • 5
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 6
    ロシアはすでに戦争準備段階――ポーランド軍トップが…
  • 7
    「ロシアは欧州との戦いに備えている」――プーチン発…
  • 8
    見えないと思った? ウィリアム皇太子夫妻、「車内の…
  • 9
    【トランプ和平案】プーチンに「免罪符」、ウクライ…
  • 10
    「ボタン閉めろ...」元モデルの「密着レギンス×前開…
  • 1
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 4
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 5
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 6
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 7
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 8
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 9
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国…
  • 10
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story