コラム

最恐テロリストのソレイマニを「イランの英雄」と報じるメディアの無知

2020年01月11日(土)16時30分

ソレイマニを英雄とたたえるのはイラン体制派だけ(レバノン) MOHAMMED HAMOUDーANADOLU AGENCY/GETTY IMAGES

<米軍に殺害されたクッズ部隊司令官は、アラブ諸国で「虐殺者」と恐れられてきた>

イラン革命防衛隊「クッズ部隊」のガセム・ソレイマニ司令官が米軍機の攻撃によりイラクの首都バグダッドで殺害されたことは、日本でも大きく報じられた。日本メディアの多くは彼を「イランの英雄」と紹介し、米トランプ政権を非難した。
20200121issue_cover200.jpg
だがソレイマニを英雄とたたえるのは、イランの体制派のみである。イランには国内外に自由化・民主化を求める分厚い層の反体制派がいる。彼らにとってソレイマニは、抑圧的独裁政権の暴力的側面の象徴だ。

イラン・イスラム共和国は1979年、「イスラム革命」で親米政権を打倒することにより誕生した。共和制を取りつつも基本的にはイスラム教シーア派のイデオロギーに立脚した統治を行っており、西洋的な自由・人権・民主主義を認めていない。反体制デモは弾圧され、女性は頭髪を隠すヒジャーブを取り外しただけで拘束され、同性愛者が毎年多数処刑されている。

イスラム革命の成就後、革命体制を防衛するため正規軍とは別に設立された武装組織が革命防衛隊であり、その傘下に国外での工作活動に従事するクッズ部隊が創設された。98年頃からその司令官を務めていたのがソレイマニである。

ソレイマニが最高指導者アリ・ハメネイの寵愛を受け、英雄とたたえられてきたのは、彼がイランの至上目的である中東における覇権確立、いわゆる「シーア派の弧」の形成任務を担い、それを一歩一歩着実に実現してきた参謀だったからだ。

死亡を喜ぶハッシュタグが

イランは正規軍を動員するのではなく、クッズ部隊の工作活動を通じて主にシーア派勢力に資金や武器を提供・支援することで影響を強化し、次第に他国全体を実質的支配下に収める戦略を取った。ソレイマニは20年にわたって中東各地でその活動を展開し、イラクとレバノンをほぼ手中に収めた。アラブ諸国において彼は反対者をことごとく虐殺し、国家を分裂させイランの属国化する最恐テロリストとして知られてきた。

クッズ部隊には1万人ほどの兵士がおり、破壊工作や要人暗殺だけでなく戦闘にも直接従事する。2011年に始まったシリア内戦ではアサド政権側に付き、反体制派住民を包囲して餓死させる残忍な戦術を実行した。毒ガス使用を指示したのも彼だとされる。19年10月からイラクで発生している反体制デモの参加者を殺害しているのも、クッズ部隊の指揮下にあるシーア派民兵組織だ。

プロフィール

飯山 陽

(いいやま・あかり)イスラム思想研究者。麗澤大学客員教授。東京大学大学院人文社会系研究科単位取得退学。博士(東京大学)。主著に『イスラム教の論理』(新潮新書)、『中東問題再考』(扶桑社BOOKS新書)。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米政権文書、アリババが中国軍に技術協力と指摘=FT

ビジネス

エヌビディア決算にハイテク株の手掛かり求める展開に

ビジネス

トランプ氏、8月下旬から少なくとも8200万ドルの

ビジネス

クーグラー元FRB理事、辞任前に倫理規定に抵触する
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 2
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃度を増やす「6つのルール」とは?
  • 3
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生まれた「全く異なる」2つの投資機会とは?
  • 4
    ヒトの脳に似た構造を持つ「全身が脳」の海洋生物...…
  • 5
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 6
    「不衛生すぎる」...「ありえない服装」でスタバ休憩…
  • 7
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 8
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 9
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 10
    「腫れ上がっている」「静脈が浮き...」 プーチンの…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前に、男性が取った「まさかの行動」にSNS爆笑
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 8
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 9
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 10
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story