ニュース速報

ワールド

アングル:中絶の権利認めない米最高裁判断、立役者はトランプ氏

2022年06月26日(日)08時18分

 退任から17カ月を経た24日、トランプ前米大統領は選挙公約の実現を果たした。同氏の指名人事により保守派が過半数となった米連邦最高裁が、人工妊娠中絶を憲法上の権利と認める1973年の「ロー対ウェイド判決」を覆す判断を下したのだ。写真は2020年1月、デモ行進する中絶反対派のグループ(2022年 ロイター/Kevin Lamarque)

[ワシントン 24日 ロイター] - 退任から17カ月を経た24日、トランプ前米大統領は選挙公約の実現を果たした。同氏の指名人事により保守派が過半数となった米連邦最高裁が、人工妊娠中絶を憲法上の権利と認める1973年の「ロー対ウェイド判決」を覆す判断を下したのだ。

今回の判決は、米国の裁判所の保守化を狙った組織的で資金豊富な数年がかりの保守派運動にとっての勝利でもある。法曹活動家や、上院のマコネル共和党院内総務の巧みな政治的駆け引きの後押しもあった。

トランプ氏は在任中の2017年にニール・ゴーサッチ氏、18年にブレット・カバノー氏、20年にエイミー・バレット氏の計3人の保守派裁判官を最高裁判事に指名。16年の就任時にはリベラル派が4人、保守派が4人と拮抗していた最高裁のバランスは、トランプ氏の離任時には保守派6人、リベラル派が3人と、保守派の優勢が固まっていた。

今回の判決では、これら3人の判事はいずれも「ロー対ウェイド」判決を覆す多数意見を支持した。

トランプ氏は、民主党のヒラリー・クリントン候補を相手にした16年の大統領選候補者討論会で、「ロー対ウェイド」判決を覆す判断をする最高裁判事を指名すると約束していた。

「もし2人か3人判事を指名できれば、(同判決を覆す判断は)自動的に出てくるだろう。私はプロライフ(人口妊娠中絶に反対)の判事を指名するからだ」と、当時トランプ氏は表明。こうした姿勢は保守派のキリスト教徒有権者の支持を集め、同氏の政権の重要な支持基盤ともなった。

今回の最高裁判決を受け、トランプ氏は「ライフにとって近年最大の勝利である今日の判断が実現したのは、尊敬を集める立憲主義の判事3人を最高裁判事に指名して就任させたことを含め、私が自分の公約を全て約束通り実現したからだ。非常に誇りに思っている」との声明を出した。

2020年の大統領選で民主党のジョー・バイデン氏に敗れたトランプ氏は、24年の選挙再出馬を公にほのめかしている。

「ロー対ウェイド」判決に批判的な人々は、同判決はリベラル派の積極行動主義が導いた判決で、理屈が不十分だと主張してきた。

共和党による保守派判事の指名を後押ししてきた保守派団体「司法危機ネットワーク」のキャリー・セベリーノ氏は、「判決がもたらした混乱が約50年を経て覆されたことは、法の支配と立憲主義にとって大きな勝利だ。同判決は、最高裁の歴史で最大の『司法の傲慢』であり、司法の保守運動を生む大きな原動力にもなった」と、述べた。

判決を受け、バイデン大統領は「ドナルド・トランプという一大統領が指名した3人の判事が、司法をひっくり返し、この国の女性の基本的権利を消す内容の今日の判断の中心にいた」と述べ、トランプ氏の役割を認めた。

<「非常事態」>

リベラルな司法判断を支持する人々にとって、今回の最高裁判決は「非常事態」だと、権利擁護団体「正義を要求」のブライアン・ファロン氏は言う。

「我々の側が再団結し、世論の怒りを(保守派に)乗っ取られた裁判所との対決に効果的に転換できるか、それが今問われている」と、同氏。

最高裁はこの数十年、共和党大統領が指名した判事が多数派を占めてきたが、「ロー対ウェイド」判決を覆すのに必要な5票には届かなかった。1992年には、女性の中絶の権利を認めた同判決の中核部分を支持する判断が5対4の僅差で支持された。その際、共和党大統領が指名したアンソニー・ケネディ判事が当初は同判決を覆す方針に同意したものの、その後考えを変えていたことが後年明らかになっている。

ケネディ判事は2018年に引退し、トランプ大統領(当時)がカバノー氏を指名した。

トランプ氏との関係が良好ではなかったマコネル院内総務も一役買った。同氏は共和党が上院で多数派を占めていた2016年、当時任期の終わりに近づいていたオバマ大統領が、保守派のアントニン・スカリア判事の死去に伴い新判事を指名することを阻止した。オバマ氏が判事を指名できていれば、最高裁はリベラル派判事が5人の多数派となるはずだった。

マコネル氏がオバマ氏による指名を阻止したことで、トランプ氏がスカリア氏の空席にゴーサッチ氏を指名することが可能になった。

マコネル氏は、2018年には指名公聴会のプロセスで過去の性的暴行疑惑が浮上したカバノー氏の承認を急がせた。また、トランプ氏が再選を逃した20年の大統領選直前にバレット氏の承認手続きも急ぎ完了させた。

<頼れる保守派>

1992年に「ロー対ウェイド」判決が僅差で支持されて以降、共和党大統領は保守系法曹団体「フェデラリスト協会」とのつながりで推薦を受けた保守本流の候補者を最高裁判事に指名してきた。同協会に長年勤めるレオナルド・レオ氏が候補について助言を行い、トランプ氏の2016年の選挙戦でも、同氏が保守派層の取り込みのため公表した最高裁判事候補の想定者リストの作成に協力した。

このほか、「司法承認ネットワーク」などの保守派団体が保守派判事の推薦に協力したほか、反中絶団体も指名を受けた保守派候補を強力に支持した。

「今回の勝利により、プロライフ運動による選挙戦への関与の意義が実証された。今後、プロライフの動きは一層活発になるだろう」

プロライフ団体「スーザン・B・アンソニー・プロライフアメリカ」の広報担当者は、最高裁判決をこう評価した。

(Lawrence Hurley記者)

ロイター
Copyright (C) 2022 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米中堅銀、年内の業績振るわず 利払い増が圧迫=アナ

ビジネス

FRB、現行政策「適切」 物価巡る進展は停滞=シカ

ビジネス

英インフレ、今後3年間で目標2%に向け推移=ラムス

ビジネス

ECB、年内に複数回利下げの公算=ベルギー中銀総裁
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離れ」外貨準備のうち、金が約4%を占める

  • 3

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負ける」と中国政府の公式見解に反する驚きの論考を英誌に寄稿

  • 4

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 5

    「韓国少子化のなぜ?」失業率2.7%、ジニ係数は0.32…

  • 6

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 7

    日本の護衛艦「かが」空母化は「本来の役割を変える…

  • 8

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 9

    毎日どこで何してる? 首輪のカメラが記録した猫目…

  • 10

    便利なキャッシュレス社会で、忘れられていること

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人機やミサイルとイスラエルの「アイアンドーム」が乱れ飛んだ中東の夜間映像

  • 4

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 7

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 8

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 9

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 10

    大半がクリミアから撤退か...衛星写真が示す、ロシア…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中