コラム

緊急事態宣言を無駄撃ちしている日本政府に絶対許してはならないこと

2021年01月13日(水)16時42分

1月7日、2度目の緊急事態宣言を発表する菅首相。次は特措法改正でお願いに強制力を持たせるというが、その前にやることがある Kato Issei-REUTERS

<コロナ対策に迷走する日本の右派政権と緊急事態宣言を支持するリベラル左派>

1月8日、1都3県に対して政府の緊急事態宣言が発令された。それに応じて政府は対象地域の飲食店などに対して自粛要請を行うが、遅きに徹したという声もある。昨年末、感染者数が急増していた頃から、野党を含めた多くの人が緊急事態宣言を再度発令することを要求していた。1月7日、東京都の感染者数は2000人を越えたが、これは2週間前の結果だと考えると、年末年始の感染者数が出てくるのはこれからなのだ。

「緊急事態」の危険性

政府が緊急事態宣言をためらったのは、経済への影響を恐れたからだ。さらに踏み込んで言えば、GoToなどの利権への影響を恐れたからだろう。いずれにせよ、忘年会など年末年始の人の動きを十分に抑制できたとはいえず(首相を含む政府与党議員が公然と会食しているのだ)、感染者数の増加はしばらく続くだろう。

それとは別に、国家が緊急事態を宣言することの問題は残されている。自由民主主義社会の憲法は、国家権力から市民の基本権を保護するためにある。ところが、一般的な意味での「国家緊急権」を国家システムに実装した場合、非常事態に際し、市民の生命や財産の「安全」を守ることを口実に、国家はその憲法で保障された市民権を留保することができるようになる。

しかし狡猾な国家は、個々の市民や社会運動を強権的に支配し管理するために、緊急事態を利用し、人権を無視した政治を進めるかもしれない。従って、国家に対してそのような権限をいったん認めてしまうと、市民の人権そのものを根底から危うくする可能性を開くことになる。

国家緊急権と市民の自由や権利、あるいは民主主義との緊張関係は、古典的な問題だ。ドイツ・ヴァイマル憲法は第48条で、緊急事態に対応させるため、ライヒ大統領に基本権停止を含む大幅な権限を与えていた。しかし、この条項がヴァイマル共和国を自己崩壊に導いたとされ、国家緊急権が危険である例としてよく引き合いに出される。

2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ以降、アメリカ合衆国は「テロとの戦い」を理由に米国愛国者法を制定した。この法律が、市民の自由や権利を大幅に侵食するものだったことから、この問題は再び社会思想的問題として浮上することになった。

左派が「緊急事態宣言」を支持することについて

国家緊急権に基づく人権侵害の問題を、ときにはカール・シュミットの例外状態理論やフーコーの生権力論を参照しながら批判してきたのは、専らリベラルや左派のカテゴリーで括られる人々であった。それだけに、今回日本政府に緊急事態宣言を出すことを要求したのが主にリベラル・左派だったことについて、矛盾を感じる人や、違和感を抱く人もいた。

プロフィール

藤崎剛人

(ふじさき・まさと) 批評家、非常勤講師
1982年生まれ。東京大学総合文化研究科単位取得退学。専門は思想史。特にカール・シュミットの公法思想を研究。『ユリイカ』、『現代思想』などにも寄稿。訳書にラインハルト・メーリング『カール・シュミット入門 ―― 思想・状況・人物像』(書肆心水、2022年)など。
X ID:@hokusyu1982

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

為替に関する既存のコミットメントを再確認=G20で

ビジネス

米国株式市場=上昇、大型ハイテク株に買い戻し 利下

ワールド

米大統領とヨルダン国王が電話会談、ガザ停戦と人質解

ワールド

ウクライナ軍、ロシア占領下クリミアの航空基地にミサ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ暗殺未遂
特集:トランプ暗殺未遂
2024年7月30日号(7/23発売)

前アメリカ大統領をかすめた銃弾が11月の大統領選挙と次の世界秩序に与えた衝撃

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「習慣化の鬼」の朝日新聞記者が独学を続けられる理由【勉強法】
  • 2
    BTS・BLACKPINK不在でK-POPは冬の時代へ? アルバム販売が失速、株価半落の大手事務所も
  • 3
    【夏休み】お金を使わないのに、時間をつぶせる! 子どもの楽しい遊びアイデア5選
  • 4
    キャサリン妃の「目が泳ぐ」...ジル・バイデン大統領…
  • 5
    地球上の点で発生したCO2が、束になり成長して気象に…
  • 6
    トランプ再選で円高は進むか?
  • 7
    カマラ・ハリスがトランプにとって手ごわい敵である5…
  • 8
    もろ直撃...巨大クジラがボートに激突し、転覆させる…
  • 9
    日本人は「アップデート」されたのか?...ジョージア…
  • 10
    「轟く爆音」と立ち上る黒煙...ロシア大規模製油所に…
  • 1
    正式指名されたトランプでも...カメラが捉えた妻メラニアにキス「避けられる」瞬間 直前には手を取り合う姿も
  • 2
    すぐ消えると思ってた...「遊び」で子供にタトゥーを入れてしまった母親の後悔 「息子は毎晩お風呂で...」
  • 3
    月に置き去りにされた数千匹の最強生物「クマムシ」、今も生きている可能性
  • 4
    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…
  • 5
    【夏休み】お金を使わないのに、時間をつぶせる! 子…
  • 6
    「習慣化の鬼」の朝日新聞記者が独学を続けられる理…
  • 7
    ブータン国王一家のモンゴル休暇が「私服姿で珍しい…
  • 8
    「失った戦車は3000台超」ロシアの戦車枯渇、旧ソ連…
  • 9
    「宇宙で最もひどい場所」はここ
  • 10
    ウクライナ南部ヘルソン、「ロシア軍陣地」を襲った…
  • 1
    中国を捨てる富裕層が世界一で過去最多、3位はインド、意外な2位は?
  • 2
    ウクライナ南部ヘルソン、「ロシア軍陣地」を襲った猛烈な「森林火災」の炎...逃げ惑う兵士たちの映像
  • 3
    ウクライナ水上ドローン、ロシア国内の「黒海艦隊」基地に突撃...猛烈な「迎撃」受ける緊迫「海戦」映像
  • 4
    ブータン国王一家のモンゴル休暇が「私服姿で珍しい…
  • 5
    正式指名されたトランプでも...カメラが捉えた妻メラ…
  • 6
    韓国が「佐渡の金山」の世界遺産登録に騒がない訳
  • 7
    すぐ消えると思ってた...「遊び」で子供にタトゥーを…
  • 8
    月に置き去りにされた数千匹の最強生物「クマムシ」…
  • 9
    メーガン妃が「王妃」として描かれる...波紋を呼ぶ「…
  • 10
    「どちらが王妃?」...カミラ王妃の妹が「そっくり過…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story