コラム

「巨大地震」のリスクが東京を一層前進させる

2012年03月27日(火)14時10分

今週のコラムニスト:マイケル・プロンコ

〔3月21日号掲載〕

 東日本大震災から1年、東京は目立たないところで深遠な変化を遂げている。毎日の暮らしは大して変わらなくても、人々は心の奥深いところで大地震が起きる可能性を常に考えるようになった。

 今はみんな日頃の備えに熱心だ。確かに少しばかげているといえなくもない。昨年の今頃、私の自宅には地震に備えて非常用持ち出し袋が2つあった。それが今では5つ(学校にも別に1つ置いている)。自宅が360度どの方向に倒れてもいいように、通り側と裏庭側に分けて置いてある。

 帰宅支援マップも数冊買った。いつか実際に家まで歩いて帰ってみようと思いつつ、まだ実行していない。それでも本を持ち歩いているだけで妙に安心する。地震関連の商品を見つけるたびに買い込んだが、安くはなかった。こうした備えは心配し過ぎでもあり、至極もっともでもある。要するに東京の街と同じで矛盾だらけなのだ。

 東日本大震災の衝撃と混乱から、私は東京のビルを見るときに強度を値踏みするようになった。「いやいや、こいつはヤバイだろう!」というビルもある。私の評価には客観的な根拠があるわけではないが、レストランのレビューサイトは地震に強いかどうかの評価も加えてはどうだろう。

 今では行く先々でこう自問する。「大地震が起きたときに自分はここにいたいだろうか」。会議室、教室、電車、バーやレストランなど、いつもの場所はそのときどうなるかと想像する。小さい地震のたびに「えっ、もしこの場所で、あの大地震が来たら!?」と思う。シャワーを浴びている最中なら大急ぎで浴び終える。

■他人に対する意識にも変化が

 夜遅く帰りの電車で、(実はちょっと飲み過ぎていて)空中ブランコ乗りのようにつり輪にぶら下がっていたら、妙な考えが浮かんだ。酔っぱらっているときに大地震が来たら? 途端に酔いが吹き飛んだ! そのくせ非常用持ち出し袋にワインを1本詰め込んだのだけれど。

 この1年間で東京人は格段に温かく愛想よくなった──とは言わないまでも、以前よりは他人のことを気に掛けるようになった。ある晩、中央線が止まると、乗客の誰もが車内アナウンスに耳を傾けた。車内を見回すと、みんな自分だけのミクロの世界に引きこもるのではなく周囲を見回していた。運転再開までの1時間が「本番」に備える予行演習に思えた。

 大地震が来たら居合わせた赤の他人と一緒に足止めを食うかもしれない。東京人はそれを百も承知だ。最悪の場合は協力し、いたわり合う必要も出てくるだろう。東京では、地震が自分たちを結び付けるかもしれないという意識が、お互いを以前より少し「他人」でなくしている。

 東京人は心のどこかで起こり得る惨事を思い描いている。想像も現実に負けず劣らず耐え難い。新宿駅のエスカレーターは普段でも混雑していて大変だ。本当の緊急時にはどうなることやら。

 そこで私は自分に言い聞かせる。東京には問題もあるが、おそらく世界一秩序があって移動しやすく機能的な都市だ。大地震のときにどこにいたいか、世界の大都市から選ぶとしたら、私はたぶん東京を選ぶ。といっても、選んで正解だったかどうかを身をもって知る羽目になるのはごめんだが。

 この1年間で東京の別のイメージも浮かび上がった。成長し繁栄し続ける都市というイメージだ。電車の新路線の建設やパチンコ店の新規開店やタクシー乗り場の再編をやめるなんてナンセンス。ひたすら前進あるのみだ。

 東京はむしろ以前より活気に満ちている。この1年間、地震のたびに「ついに大地震が?」と思うことで、人々は人生を早送りし、結婚したり転職したり、より充実した人生を送るようになった。これはあくまでも推測だが、より現実的にもなっているかもしれない。

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

ニュース速報

ビジネス

ヘリマネ、日銀による国債の直接引き受けなら禁じられ

ビジネス

アングル:ウォール街を混乱させる「トランプ大統領」

ワールド

オバマ氏「米国危機論は現実にそぐわず」、トランプ氏

ビジネス

米国株は反発、AT&Tやベライゾン買われる

MAGAZINE

特集:中国と国際社会

2016-7・26号(7/20発売)

南シナ海の領有権をめぐる仲裁裁判で完敗した中国が国際社会と対決する道を選ぶ可能性

人気ランキング (ジャンル別)

  • 最新記事
  • コラム
  • ニュース速報
  1. 1

    もし第3次世界大戦が起こったら

  2. 2

    ハーバードが絶賛する「日本」を私たちはまだ知らない

  3. 3

    沖ノ鳥島問題で露呈した日本と中国の共通点

    台湾の漁船拿捕をきっかけに「島か岩か」問題が再…

  4. 4

    数学の「できない子」を強制的に生み出す日本の教育

  5. 5

    ISIS処刑部隊「ビートルズ」最後の1人、特定される

  6. 6

    米軍は5年前、女性兵だけの特殊部隊をアフガンに投入していた

  7. 7

    日本軍と共謀した毛沢東を、中国人はどう受け止めたか?

  8. 8

    英政界にまた衝撃、ボリス・ジョンソンの代わりにこの男??

  9. 9

    ISISはなぜトルコを狙うのか

  10. 10

    英EU離脱に憤る若者たち: でも実は若年層は投票しなかった世代

  1. 1

    レイプ写真を綿々とシェアするデジタル・ネイティブ世代の闇

    ここ最近、読んでいるだけで、腹の底から怒りと…

  2. 2

    よみがえった「サウジがポケモンを禁止」報道

    <「ポケモンはハラーム」との記事が日本のニュースサ…

  3. 3

    共和党と民主党どこが違う

    米大統領選挙は共和党、民主党いずれも党大会を…

  4. 4

    嫌韓デモの現場で見た日本の底力

    今週のコラムニスト:レジス・アルノー 〔7月…

  5. 5

    中国の「反日暴動」がアメリカでほとんど報道されない理由とは?

    先週末から今週はじめにかけて、中国の各地では…

  6. 6

    アメリカの「独立記念日」が「花火とBBQだけ」である理由とは?

    7月4日は、アメリカでは独立記念日の祝日です…

  7. 7

    英国EU離脱は、英国の終わり、欧州の衰退、世界の停滞をもたらす

    英国の国民投票は、EU離脱支持が残留支持を上回り…

  8. 8

    英国EU離脱。しかし、問題は、移民からロボティックスへ

    <世界一のグローバル都市へと成長し、移民が急増した…

  9. 9

    「ブレグジット後悔」論のまやかし

    <ブレグジットの国民投票以降、「EU離脱に投票…

  10. 10

    英国のEU離脱は、日本の誰が考えているよりも重い

    英国のEU離脱は、日本の誰が考えているよりも重い…

  1. 1

    テスラ車死亡事故、自動運転中にDVD鑑賞の可能性

    米電気自動車(EV)メーカー、テスラ・モータ…

  2. 2

    バングラデシュで襲撃の武装集団鎮圧、外国人ら20人殺害

    バングラデシュの首都ダッカで1日夜、レストラ…

  3. 3

    バングラ事件、邦人7人含む20人死亡 安倍首相「痛恨の極み」 

    バングラデシュの首都ダッカで1日夜、レストラ…

  4. 4

    バングラデシュ人質事件、日本人は1人救出 7人安否不明

    バングラデシュの首都ダッカのレストランで1日…

  5. 5

    豪下院選は大接戦、結果判明5日以降に 「宙づり議会」の可能性

    2日に投票が行われた豪総選挙の下院選は、ター…

  6. 6

    邦人犠牲者は20代から80代の男女、菅官房長官「断固として非難」

    菅義偉官房長官は3日午前の記者会見で、日本人…

  7. 7

    クリントン氏優勢 トランプ氏と差は縮小=米大統領選調査

    ロイター/イプソスが実施した米大統領選の候補…

  8. 8

    イラク首都の爆弾攻撃で約120人死亡、ISISが犯行声明

    イラクの首都バグダッドで3日未明、2回の爆発…

  9. 9

    バングラデシュ人質事件で日本人7人の死亡確認=菅官房長官

    菅義偉官房長官は2日午後11時半過ぎに会見し…

  10. 10

    日本の改正児童福祉法、施設暮らしの子ども救うか

    金属の柵で囲まれた小児用ベッドに寝かされた赤…

 日本再発見 「世界で支持される日本式サービス」
定期購読
期間限定、アップルNewsstandで30日間の無料トライアル実施中!
メールマガジン登録
リクルート
売り切れのないDigital版はこちら

MOOK

ニューズウィーク日本版別冊

0歳からの教育 育児編

絶賛発売中!

コラム

パックン(パトリック・ハーラン)

芸人もツッコめない? 巧みすぎる安倍流選挙大作戦