コラム

「中東のパリ」復活?

2010年02月03日(水)20時23分

 中東紛争の核心、パレスチナ問題が深刻化すると、イスラエル周辺国の情勢は何かしらきな臭くなる。昨年のイスラエル軍によるガザ攻撃など、パレスチナ占領地が常に軍事攻撃の危険に晒されているのはもちろんだが、イスラエルの北の隣国、レバノンもしょっちゅうイスラエルの「飛び道具」の被害にあう。ガザのハマースにしても、レバノン南部のヒズブッラーにしても、イスラエルにとって、目の上でチクチク煩い連中なのだろう、しばしば総攻撃の対象になって、戦火が絶えない。

 というわけで、レバノンといえばつい「アラブvsイスラエルの前線」とか、「覆面テロリスト集団ヒズブッラー」とか、戦争のイメージばかりが先行する。パレスチナ問題のせいで15年間にもわたる内戦を経験したのは確かで、内戦やイスラエル侵攻の爪あとは、各地に生々しく残されていて、建物中銃痕だらけ、というビルも少なくない。

 先月、そのレバノンの首都ベイルートに行ってきた。筆者が1990年の停戦後初めてベイルートを訪れたのは4年前のことだったが、いつも驚かされるのが、ベイルートの繁栄だ。

 目抜き通りのハムラ通りは高級ブティックやおしゃれなパティスリー、宝石屋に携帯ショップなど、華やかなこと極まりない。内戦の激戦区だったダウンタウンには、国会など政府関係施設が集中しているだけでなく、時計塔広場を中心に高級レストラン、カフェが路上にテーブルを出す路地が放射線状に広がる。また東ベイルートのキリスト教徒地域には、淫靡さすら漂うバーやクラブなど、深夜まで飲み踊る光景も展開されて、ここがバリバリのイスラーム主義、ヒズブッラーが活躍する国だとは、信じがたい。

 4年前に暗殺されたハリーリ元首相の財界との密接な関係、湾岸産油国からのオイルマネーの流入が、首都ベイルートの華やかな発展の一因だ。だがその一方で、低所得者層の地域に一歩足を踏み入れると、そこでは普通の、貧しい庶民生活が繰り広げられている。そこは主としてシーア派の居住地。宗派による経済格差が歴然としているのもベイルートだ。

 ここに来ると、街区のあちこちにヒズブッラーの写真や旗が掲げられている。ついでに、ホメイニやハメネイなど、イランの新旧宗教指導者のポスターもちらほらと。なるほど、やはりシーア派同士のネットワークか、とか、やはりヒズブッラーを支持する住民はイランをも賞賛しているのか、などと思いながら眺めていたが、それはむしろ宗教的心情の共有というより、戦後復興にイランがお金を出してくれたから、その証拠にポスターを掲げえているだけなのかもしれないな、とも見えてくる。ODAで供与した物資に、日の丸マークがついて回るようなものなのかも・・・・。

 贅沢と貧困、歓楽と信仰、革命主義と拝金主義、美しい自然と破壊された建物。見事なまでに極端な相違が共存するところが、レバノンの面白さ、ダイナミズムを感じる点だ。次回は、さらにレバノン訪問記を続けよう。

プロフィール

酒井啓子

千葉大学法政経学部教授。専門はイラク政治史、現代中東政治。1959年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。英ダーラム大学(中東イスラーム研究センター)修士。アジア経済研究所、東京外国語大学を経て、現職。著書に『イラクとアメリカ』『イラク戦争と占領』『<中東>の考え方』『中東政治学』『中東から世界が見える』など。最新刊は『移ろう中東、変わる日本 2012-2015』。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

台湾の頼次期総統、20日の就任式で中国との「現状維

ワールド

イスラエル軍、ガザ北部で攻勢強化 米大統領補佐官が

ワールド

アングル:トランプ氏陣営、本選敗北に備え「異議申し

ビジネス

日本製鉄副会長が来週訪米、USスチール買収で働きか
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 4

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、…

  • 5

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 6

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    中国のホテルで「麻酔」を打たれ、体を「ギプスで固…

  • 9

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 10

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 9

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story