コラム

「2030年に原子力比率20%」は実現できるのか

2015年03月26日(木)17時00分

 総合資源エネルギー調査会で、電源構成の審議がようやく始まった。これは今年11月にパリで開かれるCOP21(第21回国連気候変動枠組条約締結国会議)に向けて、日本としても二酸化炭素(CO2)の排出量をどう規制するのか判断を迫られたためだろう。

 民主党政権は2012年に「原発ゼロ」を打ち出したが、その後の選挙に負けて原子力政策は宙ぶらりんになった。安倍政権は政治的リスクを恐れてこれに何もふれず、「安全性の確認された原発は再稼動する」という方針を繰り返してきた。

 しかし原発をすべて止めたため、日本のCO2排出量は増え続け、中国、米国、インド、ロシアに次いで世界で5番目だ。6月にドイツで開かれるサミットには、各国がCO2削減目標を持ち寄る。ここに安倍首相が手ぶらで行くわけにはいかないので、いよいよ決断を迫られるわけだ。

 経済同友会は24日、2030年に原子力比率を20%以上にするよう求める提言を発表し、この20%が攻防ラインになってきたようにみえる。しかし原子炉等規制法の「40年ルール」では、建設から40年たった原発は廃炉になる。新設は政治的に不可能なので、2030年に運転できる原発の総発電量は約2300億kWh、現在(28.6%)のほぼ半分である。これがすべて稼働しても14%程度だ。

 さらに原子力規制委員会の安全審査が今のペースで続くと、動く原発はもっと少ない。川内原発(鹿児島県)の2基が今年夏にも動くといわれるが、審査申請から2年かかっている。2年で2基だから毎年1基と考えると、来年以降1基ずつ動くとすると、2030年には17基が動くことになる。これは現在の原発の総発電量の約1/3で、総発電量の10%以下だ。

 つまり現在の安全審査のペースが続くと、2030年には原子力で電力の10%もまかなえないのだ。20年以上も原発を止めて行なう原子力規制委員会の異常な安全審査が続く限り、どんな「エネルギーミックス」を計画しても絵に描いた餅である。議論の出発点として、原子力規制委員会の違法な行政指導をやめさせ、原発の運転を正常化する必要がある。

 2030年にどんな目標を立てようと、原発が止まっているうちは日本のCO2排出量はその目標値を上回る。鳩山元首相が2009年に国際公約した「2020年までに1990年比で25%削減する」という目標どころか、2013年度のCO2排出量は前年度から1.4%増えた。

 原発を止められたおかげで各電力会社は石炭火力を新設しているが、大気汚染のリスクは原子力より石炭火力のほうが大きい。WHO(世界保健機関)の調査によると、毎年世界で700万人が大気汚染で死亡しているが、その最大の汚染源が石炭だ。特に中国では、石炭による大気汚染で年間100万人が死亡しているともいわれる。

 エネルギー政策は「原子力か否か」という神学論争になりがちだが、本質的には、いかに最小のコストで環境汚染を最小化するかという経済問題であり、それは価格メカニズムで行なうべきだ。再生可能エネルギーも火力や原子力と競争できるなら、固定価格買取制度などの補助金は廃止し、価格で競争すればよい。

 ただし国際公約としてCO2削減目標を設定するなら、政府の介入が必要だ。日本は排出権取引を一部導入しているが、これは排出権の割当に行政の裁量が大きく、統制経済になりかねない。多くの経済学者は炭素税を推奨している。

 どんな電源が効率的かは、こうした「炭素の価格」に依存する。炭素1トンあたり数万円の高率の炭素税をかければ、原子力や再生可能エネルギーが有利になる。それは(排出権でも炭素税でも)国民負担になる。

 単に原子力を何%にするかなどという論議に意味はない。気候変動だけでなく大気汚染なども含めた環境汚染をいくら減らすのかという目標を明確にし、その費用を明らかにした上で国民的な論議が必要である。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

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