コラム

黒田日銀の「金融抑圧」に出口はない

2013年11月05日(火)17時02分

 最近、金融業界の人と話すと、金融抑圧という耳慣れない言葉がよく出てくる。これはかつては途上国が金利を規制して産業を保護する政策のことだったが、最近では先進国がゼロ金利に近くなり、実質金利(名目金利-インフレ率)がマイナスになることを金融抑圧と呼ぶようになった。

主要国の実質金利(出所:内閣府)
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 図のように、欧米ではほとんどの国が実質マイナス金利になっている。これは金融危機から脱却するために各国の中央銀行が金利をゼロに近づける一方、インフレが止まらないためだ。日銀の黒田総裁がやっているのも、金融抑圧である。日本の短期金利もゼロで、コアCPI(生鮮食品を除く消費者物価指数)上昇率はプラスになったので、実質金利はマイナスだ。

 長期金利も、日銀が大量に国債を買ったため、0.6%台に下がり、コアCPI(0.7%)を引くとマイナスになりつつある。黒田氏は「日本の長期金利もマイナスになった」と喜んでいるが、これはいいことなのだろうか。

IMF(国際通貨基金)のラインハートらによれば、第2次大戦後のブレトン=ウッズ体制のもとで行なわれた各国の金利規制は、大恐慌で疲弊した銀行を救済するものだったが、戦争で積み上がった巨額の政府債務を実質的に減額する効果もあった。イギリスでは終戦直後にGDP(国内総生産)の2倍を超えた政府債務を40年かかって返済した。

 政府が債務を返済するには、増税が必要である。実質金利がプラスのときは政府が民間に金利を払っているのだが、マイナスのときは隠れたインフレ税を民間から取っていることになる。このような金融抑圧のもたらす増税効果や市場のゆがみが成長をさまたげている、とラインハートらは警告している。

 しかし長期の実質金利がマイナスになるということは、投資家がリスクを取って資産を減らしていることを意味する。このような不合理な投資が、いつまでも続くとは思われない。終戦直後の固定為替相場と規制金利の時代とは違って、現代では国際資本移動が自由なので、資本逃避が起こるおそれがある。

 今は欧米の実質金利も低いのでそういう動きはないが、FRB(米連邦準備制度理事会)が量的緩和をやめるとアメリカの金利が上がり、日本から資金が流出する。これを防ぐためには、日銀が国債をさらに買い増すしかない。

 論理的には、発行残高750兆円の国債をすべて日銀が買い占めるまで金融抑圧は続けることができるが、そこに達するまでに何かが起こるだろう。日銀が200兆円の国債を買うと、その価格が3%下がっただけで6兆円の評価損が発生し、日銀の自己資本(5兆円)を浸食して債務超過になる。

 これは政府が資本増強できるが、日銀が債務超過になったという事態が市場にパニックを引き起こし、国債市場が崩壊するおそれがある。こういうときも横並びで逃げ出すのが、90年代のバブル崩壊でもみられた「金融村」の習性である。

 黒田総裁は国会で「出口戦略を考えるのは時期尚早だ」と答弁したが、時期尚早なのではなく、もう出口はないのだ。日銀が国債を売却するそぶりを見せただけで邦銀や生保が逃げ出すから、売るに売れない。

 FRBがなかなか「出口戦略」に踏み切れないのも、量的緩和をやめた途端に金利が上がるからだ。ダラス連銀のフィッシャー総裁は、FRBの出口戦略をイーグルスのヒット曲「ホテル・カリフォルニア」にたとえて「いつでもチェックアウトできるが、決して出ることはできない」と語った。

「ホテル・クロダ」も激しく量的緩和を続けないと失速する、出口のない迷宮である。その先に待っているのは黒田氏の待ち望んでいる「2%の安定したインフレ」だろうか、それとも...

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

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