コラム

原発の汚染水は「完全にブロック」できるのか

2013年09月10日(火)22時11分

 安倍首相は、9月8日のIOC(国際オリンピック委員会)で行なったオリンピック招致演説で「福島第一原発の汚染水による影響は完全にブロックされている」と発言し、国が責任をもって処理するので「状況はコントロールされている」と世界に対して胸を張った。しかしその現状は、コントロールされているとは到底いえない。

 これまでにタンクなどからもれた汚染水は300トンを超える。破壊されて穴だらけになった構内に、毎日1000トンの地下水が流れ込むので、それが汚染されることは避けられない。一部が湾内にもれており、さらに外海に出ている疑いもある。その放射線量は、東京電力によれば最大100ベクレル/リットルで、人体に影響を与えるほどではないが、外海に出ると魚が売れなくなるなどの風評被害が出るだろう。

 これを防ぐため、国は陸海の遮蔽壁で封じ込める方針を取っている。山側から流入してくる地下水は「凍土壁」と呼ばれる技術で止める。これは数十メートルの地下まで「凍結管」と呼ばれるパイプを埋め、そこに超低温の冷却材を循環させて地下水を凍結させる技術だ。いわば地下の巨大な冷凍庫で発電所を囲むわけだが、こんな大規模な凍土壁を建設した実績はなく、しかも半永久的に冷却材を循環させなければならない。

 海側にも遮蔽壁をつくることになっているが、これが完成するのは来年9月なので、今は地下水を井戸でくみ上げるなどして、汚染水を増やさない応急対策しかない。そうしている間にも地下水は流入を続けるので、海にはかなりの汚染水が出るだろう。東電はそれを濾過して放射性物質を取り除いてタンクに貯蔵しているが、汚染水が海に出ることは避けられない。

 政府はこれまでの東電まかせの体制を改め、「汚染水対策には国が責任をもって対応する」と決定し、470億円の予備費を計上した。これはオリンピック対策ということもあろうが、もはや東電の負担能力が限界に来ていることも原因だ。特に柏崎刈羽を初めとする原発が動かせず、毎年1兆円近い燃料費をLNG(天然ガス)などの輸入に浪費している。

 これについて東電の取締役会は原子力規制委員会に安全審査を申請することを決めたが、新潟県の泉田知事が(法的根拠もなく)妨害している。このまま柏崎を止め続けると、国の予備費は1ヶ月足らずで吹っ飛んでしまい、東電の対策費もますます逼迫する。他にも賠償や除染や廃炉に巨額のコストがかかるので、東電の経営は破綻し、巨額の負担が納税者に回ってくるだろう。

「国が責任をもつ」と首相が世界に向かって宣言したのだから、事故の処理体制も見直し、国が全責任をもつスキームに変更すべきだ。特に汚染水については、巨額の経費をかけても構内に封じ込めることはできず、その維持にも大きなコストがかかる。いま出ている程度の濃度であれば、健康に影響はない。汚染水を「完全にブロック」することは不可能であり、望ましくもないのだ。

 かつて公害問題が騒がれたときも、福島の汚染水よりはるかに有害な水銀、砒素、六価クロムなどの重金属も「ゼロにする」という方針はとられなかった。なるべく濾過して濃度を下げることは当然だが、ゼロにできない微量の汚染物質は、人体に影響のない濃度に薄めて排出することが汚水処理の基本である。

 この観点から考えると、陸海に巨大な遮蔽壁を築いて汚染水を構内に閉じ込める福島の対策には疑問がある。汚染水の貯蔵タンクは今でも900本あるが、これが何千本、何万本と増えたとき、地震があったら大災害になるおそれもある。普通の汚水と同じく環境基準を定め、薄めて海に流す方針に転換すべきだ。こうした基準の設定も含めて、国が責任をもって対応する必要がある。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

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