コラム

中国的歴史認識とポピュリズム

2014年04月26日(土)18時45分

 マレーシア航空機が見つからないままもう1ヶ月半あまりが経った。先週、『ニューヨーク・タイムズ』などをはじめとする欧米メディアから次々と、「中国当局は『破片らしきものが見つかった』だの『遭難機のシグナルを拾った』だのという情報を流したが、どれも根拠の無いもので結局現場を混乱させただけ」という手厳しい報道が流れた。マレーシア機乗客の3分の2を自国民が占めている中国は、なにか先手を打たなければと懸命のようだが、中国捜索船に乗船取材していた、国有通信社の新華社記者が「インド洋で飛行機から発信されている信号を受信!」と真っ先に報道して、今度は「情報をまず報道よりも先に共有する」という共同捜索チームのルールを破ったと叩かれた。

 中国はとにかくこれまで捜索でなんの点数も稼げておらず、完全に欧米諸国に遅れを取っており、なんらかの手柄をアピールしたいと焦りがある。「同じ船にうちの記者も乗っていた。だが軍関係者は情報をわざと新華社記者にだけ与えて流させた。明らかに注目されたかったんだろう。気持ちはわかるけど、国際ルールにどれだけ疎いかを世界が見守るこの場で披露しなくても......」と、ある中国人ジャーナリストは眉をひそめた。

 一方で国民も中国当局の活躍をいまかいまかと期待している。インド洋での捜索に国産有人潜水艦「蛟龍号」を投入すればいいじゃないか、という声が上がり始めた。「蛟龍号」は作業員を乗せて水深7000メートルのところでも作業ができると中国が大きく喧伝してきた。現在、捜査対象となっている水域は水深4500メートルから6000メートルとされ、各国が捜索は困難を極めると言っているのだから、まさに今こそ活用すべきだろ?と注目されたのだ。

 だが、どんなに望まれても「蛟龍号」は「準備中」のままだ。現在はまだ捜索すべき面積範囲が広すぎて、もっと狭まらなければ「蛟龍号」の作業には向いていないという説明がメディアを通じてなされている。その裏でささやかれているのは、「蛟龍号」の有人作業可能水深7000メートルという発表自体が実は誰も検証できないことを踏まえた眉唾だったのではないか、という説だ。特に同潜水艦の一部の資材はアメリカ製だが中国は「自主知的所有権」を主張しており、同一海域で作業している米軍の無人潜水艦「ブルーフィン21」と競争になるのを避けたい――つまり、勝てないのではないか、とも言われている。

この蛟龍号プロジェクトは中国産マイクロブログ「微博」にも公式アカウント「蛟龍深潜」を開いている。そこでプロジェクトチームが世界的にもトップの有人深海潜水艇であることをやる気満々で国民にアピー ルするはずだった割には、今回注目されてから「これまで書き込んできた数々の自慢話を一切消してしまった」という指摘もなされており(アカウントでは「担当者が忙しくて更新出来ていない」と弁明)、鼻息が荒かった割にはなんとなく尻すぼみな感じに中国人ネットユーザーも呆れ顔だ。

 軍事オタクの多い中国のネット界隈でこの潜水艦の話題が今後むき出しになっていくのだろうか、それはそれで面白い......と思っていたところ、船続きで今度は商船三井のバルカー船が上海の法院(裁判所)に差し押さえられたというニュースが流れてきた。2010年にも日本のレアアース輸送船が上海で差し押さえられたが、あれは明らかに同年起こった、尖閣沖での漁船と巡視艇の衝突事件がヒートアップしたものだった。それから考えれば、やはり今回は悪化し続ける日中関係の感情的もつれが背景にあるのは間違いないだろう。

プロフィール

ふるまい よしこ

フリーランスライター。北九州大学(現北九州市立大学)外国語学部中国学科卒。1987年から香港中文大学で広東語を学んだ後、雑誌編集者を経てライターに。現在は北京を中心に、主に文化、芸術、庶民生活、日常のニュース、インターネット事情などから、日本メディアが伝えない中国社会事情をリポート、解説している。著書に『香港玉手箱』(石風社)、『中国新声代』(集広舎)。
個人サイト:http://wanzee.seesaa.net
ツイッター:@furumai_yoshiko

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

制約的政策、当面維持も インフレ低下確信に時間要=

ビジネス

米鉱工業生産、3月製造業は0.5%上昇 市場予想上

ワールド

米中、軍事対話再開 22年以来初めて

ワールド

中東巡る最近の緊張、イスラエル首相に責任=トルコ大
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人機やミサイルとイスラエルの「アイアンドーム」が乱れ飛んだ中東の夜間映像

  • 2

    大半がクリミアから撤退か...衛星写真が示す、ロシア黒海艦隊「主力不在」の実態

  • 3

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無能の専門家」の面々

  • 4

    韓国の春に思うこと、セウォル号事故から10年

  • 5

    中国もトルコもUAEも......米経済制裁の効果で世界が…

  • 6

    【地図】【戦況解説】ウクライナ防衛の背骨を成し、…

  • 7

    訪中のショルツ独首相が語った「中国車への注文」

  • 8

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 9

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 10

    「アイアンドーム」では足りなかった。イスラエルの…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体は

  • 3

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...当局が撮影していた、犬の「尋常ではない」様子

  • 4

    ロシアの隣りの強権国家までがロシア離れ、「ウクラ…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    NewJeans、ILLIT、LE SSERAFIM...... K-POPガールズグ…

  • 7

    ドネツク州でロシアが過去最大の「戦車攻撃」を実施…

  • 8

    「もしカップメンだけで生活したら...」生物学者と料…

  • 9

    帰宅した女性が目撃したのは、ヘビが「愛猫」の首を…

  • 10

    猫がニシキヘビに「食べられかけている」悪夢の光景.…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 7

    巨匠コンビによる「戦争観が古すぎる」ドラマ『マス…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story