
パリのカフェのテラスから〜 フランスって、ホントはこんなところです
14歳の中学生が登校前の荷物検査中に監督職員を刺殺 社会を映す少年犯罪

6月10日の朝8時15分頃、オート・マルヌ県(グラン・テスト地域圏)のノジャンという小さな街の中学校で登校時の校門ゲート前での荷物検査中に14歳の中学生が学校の31歳の女性監督職員を刺殺するという衝撃的な事件が起こりました。ここのところの学校でのナイフでの傷害事件、時には殺人にまで至ってしまう事件が起こっていることにより、政府が当局者の立ち合いのもとに無作為の荷物検査を実施することを決定して以来、学校前でこのような検査が行われることは、珍しくはなくなっています。
今回の事件は、この学校においての2回目の荷物検査だったそうですが、もちろん予告なしに行われた検査のその日にこの少年がナイフを持ってきていて、このような事件を起こしたということは、偶然の出来事とはいえ、この検査に反発して監督職員を刺したわけではなく、動機は別にあったようなので、これが荷物検査が行われていない日で、彼が校内に入った後にこのような事件が起こっていたことを考えれば、荷物検査の場には、憲兵隊や警察も立ち会っていたために、事件の拡大はかろうじて防げたのかもしれません。
とはいえ、このような荷物検査を中学校の前で行うということが珍しいことではないということ自体がもうすでに異常事態ではあります。
事件の概要と最初の政府の対応
「中学生が登校時の荷物検査中に学校の監督職員を刺して死亡させてしまった」という衝撃的なニュースは、その日のうちに瞬く間にフランス全土を駆け巡り、すぐに教育相は現地に飛び、マクロン大統領は「15歳未満のソーシャルネットワークの利用の禁止をなんとか早めて徹底させる!」と発表。また、同様に首相も「未成年者へのナイフ販売禁止の法令」を15日以内に交付することを発表し、直後はこの事件とともに、15歳未満のSNSの是非やナイフ販売についての議論がなされていました。
この事件直後に、荷物検査のために、立ち会っていた憲兵隊・警察により、この少年は即、身柄を拘束され、逮捕されていますが、当初、少年についての情報は乏しく、彼は比較的、成績もよく、特に問題もなく、ノーマークの少年で、学校内では孤立する存在でもなく、むしろ、「いじめ対策チームのリーダー」を務めていた少年ということで、彼の動機等も明らかにはされていませんでした。
ここのところ、とりわけ、14~15歳の少年の事件が多発しており、時には、それが酷く暴力的で残酷なものであったりすることや、それらの犯罪とSNSが深く関わっていることが問題視されていたので、即刻、政府が「15歳未満のSNS禁止」といったことや「ナイフの販売」について(特にネット販売など)の問題を取り上げるのは、致し方ないことだったのかもしれませんが、今回の事件に関しては、この少年は、あまりSNS等は利用していなかったようで、凶器となったナイフも自宅のキッチンから持ち出したものであったことなどが、後日の捜査でわかってきています。
この少年は、表向きには、その「イジメ対策チームのリーダー」を務めつつも、過去に2度クラスメートへの暴力事件を起こし、1日の停学処分を2回受けていたことが発覚。また、動機については、前の週に起こっていた別の学校の監督職員との衝突にあったことがわかっており、彼女とキスをしているところを監督職員に見つかり、叱責されたという些細といえば、些細なことが原因でした。
彼は、身柄拘束後、「監督職員は全員殺したかった」と答えているようで、どんな監督職員でも攻撃すると決めていたと自供しています。
未成年の共感力の低下問題
この事件が起こったのは、人口4,000人弱の誰もが知り合いであるような小さな街の生徒数300人余りの静かな中学校でした。地元の名産品は刃物でありその刃物技術が有名な街というのですから、皮肉な話です。
この14歳の少年は、その場、事件現場で逮捕されていることもあり、あっさり自供していますが、この数日前に叱責されたことへの怒りから家にある一番大きなナイフ(長さ34㎝、刃渡り20㎝の包丁)を選び、できるだけ大きな損害を与えようと、この犯行を計画したそうです。驚くことには彼は、この事件を起こしたことに対して、なんの後悔も犠牲者への痛みや謝罪の念も抱いていないということで、現実感に欠けるというか、極端に他人への共感力が欠如していると言わざるを得ません。
そう言われてみると、事件を起こした時の彼の言動には、不可解なことがあり、彼は、結果的には重症を負い、その後、死亡してしまった女性職員の背中、肩、肋骨など7か所も刺しており、倒れた彼女の傍らで、「あぁ!今、一番強いのは誰だ!」と叫んでいたという証言があります。
彼の兄弟の証言によれば、「彼は家庭用ゲーム機で遊んだり、ビデオを見たりする程度でそれらにも、そこまでハマっていたという感じではなかったし、ソーシャルネットワークはほとんど利用していなかった」そうですが、彼の供述からは、暴力、死、映画やドラマの中の最も暗い登場人物に魅了されていることが明らかになりつつあります。よく映画やドラマにおいて、過度の暴力的なシーンや性的な描写などがある作品について18禁という表示がありますが、これは、改めて厳しく見直す必要があるかもしれません。
未成年の共感力の欠如
法務省の統計によると、殺人、致命的暴行、または加重暴行で起訴された10代の若者の数は、2017年以降、ほぼ倍増し、同年の1,207人から2023年には、2,095人に増加しています。未成年者による殺人事件には、さまざまな原因があり、原因は複雑に絡み合っていますが、今年5月に発表された論文には、「怒りのコントロールの問題や共感力の欠如」といった認知的要因を指摘しているものがあります。
この一見、けっこう優秀で家庭環境にもこれといった問題は見当たらない少年の凶行は、彼が自分が起こした事件の事実の重大さと自身に及ぼされる結果の両方を考慮してもなお無関心であるという事実は、この共感力の欠如を物語っているように思います。
逮捕後の検察官の尋問によれば、「精神疾患の可能性を示唆するものは確認されていない」そうですが、「人命の価値についてわからなくなっており、人命を特に重視しているようには見えない」と述べています。その後、詳しい精神鑑定は行われるであろうものの、この人を殺して何とも感じていないということが、果たして精神疾患ではなくて、何なのだろうか?と思わずにはいられません。
しかし、精神科界隈では、「共感の感覚」と「現実感」を失っている若者の診察はますます増加しているのだそうで、仮想世界に浸かる若者の特徴でもあるのではないか?との見方もあります。ある精神科医は「共感は他者との関係を通して得られるもので、スクリーンの前では感動しても、それは共感ではなく、感情は循環しない」と苦言を呈しています。
今回の事件を起こした少年は映画やドラマなどのダークヒーローに憧れていたと言われていますが、ふつうならば、映画は映画、ドラマはドラマ・・現実社会とは違うことは、誰もが承知していることです。叱責されたからといって、その復讐のために、現実の人を刺し殺してしまう・・少なくとも、事件後は、我に返って、「とんでもないことをしてしまった・・」とも思わない。これは、明らかに家庭環境に問題があったりする少年の犯罪よりも、ずっと複雑で、単純な問題ではなさそうです。
個人的には、見ず知らずの他人に対しても、弱い者や本当に困難に遭った人にはフランス人は限りなく優しく、共感してくれるという感覚があったのですが、これは、ごくごく一部の稀なケースとはいえ、彼自身もこの社会の一員で、このような芽がほんの一部であったとしても、このような少年が育ちつつある傾向にあるということは見逃せない社会問題でもあります。
このケースを取ってみても、少年犯罪は社会の見えにくい、明らかになりにくい一面を映している鏡のようなもの、彼自身がどのような日常を送ってきたのか? どのように育って、どのように感じて生きてきたのかを掘り下げて考えることは、これからの将来を担う若者が育つ環境をどう築いて修正していったらよいかの礎となるように思います。

- RIKAママ
フランスって、どうしようもない・・と、日々感じながら、どこかに魅力も感じつつ生活している日本人女性。日本で約10年、フランスで17年勤務の後、現在フリー。フランス人とのハーフの娘(1人)を持つママ。東京都出身。
ブログ:「海外で暮らしてみれば・・」
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