World Voice

England Swings!

ラッシャー貴子|イギリス

ペルシャ音楽でロンドンからイランを想う

 コンサートが始まってシャジャリヤーンの姿がちらりと見えると、観客の半分以上が一斉に立ち上がって彼を熱烈に迎えた。拍手が少し鎮まった後も、「愛してる!」「待ってました!」(シリンの通訳より)の声が客席から飛び交う。最初からずいぶん盛り上がってるな。

ホマユーン・シャジャリヤーンの公式インスタグラム投稿より、この夜の様子(音楽付きの動画はこの後に!)。誰とでも親しく話すのも驚いたけれど、演奏中に立ち上がってやたらに歩き回るのにはもっとびっくりだった。他の客の邪魔になるほどではないとはいえ! リンによれば「それがイラン式」だそう。

 コンサートの前半はシャジャリヤーンの歌で、後半はロハーニの演奏とトークが中心だった。ペルシャ音楽を言葉で説明するのは難しい。少なくともわたしの耳には、アラビアンナイトのような、イスラム教の礼拝時間を告げるアザーンのような、エキゾチックなメロディーの中に、なんとなく日本の民謡のような、昭和の歌謡曲のような哀愁も混じっているように聞こえて、どこか懐かしささえ感じた。遠い昔、シルクロードの彼方から日本に文化を伝えたペルシャは、音楽でも影響があったのかしら、もしかして。

ホマユーン・シャジャリヤーンの公式インスタグラム投稿より、1月にロハーニと共演したステージの様子。2人は今、世界中をツアーで回っているようだ。シャジャリヤーンは4年前に亡くなった父親よりもややモダンな音楽を好むそう。

 艶やかに伸びるシャジャリヤーンの歌声に聴きほれていると、彼はペルシャ語で何か話し始めた。隣でかいがいしく通訳してくれたシリンによれば、「前半の最後はイランを歌った曲です」と言ったようだ。

 演奏が始まると、イランで撮影された動画がスクリーンに大きく映し出された。イランと聞いて単純に想像する、たとえば乾いた土地に建つモスクや砂漠のラクダの群れのほかに、青々した草原を走る馬、厳かな雪山、コバルトブルーの海など、意外な景色が次々に目に入ってくる。あとで調べてみると、イランは総面積は164.8平方kmと日本の約4.4倍もある大きな国で、砂漠以外の自然も豊かなのだった。

 客席を見ると、スマホで動画を撮る観客の数がぐっと増えていた。そこでわたしはようやく気がついた。この会場にいる人たちのほとんどは、この先、祖国を訪れることはないのだろう。彼らが暮らしたイランは、1979年のイラン革命以来すっかり変わってしまった。国に帰れば理不尽な理由で拘束される可能性もあり、英国での安全な生活に戻れる保証はない。曲に合わせて手拍子をとったり、声に出して歌ったり、踊るように腕を動かしたりして盛り上がる彼らは、束の間の里帰り気分を味っているのだろうか。

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著者プロフィール
ラッシャー貴子

ロンドン在住15年目の英語翻訳者、英国旅行ライター。共訳書『ウェブスター辞書あるいは英語をめぐる冒険』、訳書『Why on Earth アイスランド縦断記』、翻訳協力『アメリカの大学生が学んでいる伝え方の教科書』、『英語はもっとイディオムで話そう』など。違う文化や人の暮らしに興味あり。世界中から人が集まるコスモポリタンなロンドンの風景や出会った人たち、英国らしさ、日本人として考えることなどを綴ります。

ブログ:ロンドン 2人暮らし

Twitter:@lonlonsmile

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