World Voice

ベネルクスから潮流に抗って

岸本聡子|ベルギー

おもてな・・さないハッピーネス

クレジット:grafvision

12月の忙しい最中、19歳の長男が初めて彼女をうちに連れてくるという。

「今晩、XXが来てもいい?」 「え、ちょっと待ってよ。そういうことは前日に言ってよ。買い物にも行ってないし、何も準備できないじゃん。っていうか私、今まじで仕事忙しいし、無理!」 「別に何もしなくていいって。」「いいわけないでしょ、初めて彼女が来るのに、もてなす方の立場にもなってよ。」 「いいよ、ピザとかとるし。」「やめてよ、デリバリーのピザなんて恥ずかしいな、もう。」 「彼女、ちょっと精神的にデリケートで他人の作ったものとか食べれないかも。」「??? そうなの。(最近ではそういう発達障害があるのかもなぁ)だったら知らない、好きなようにしてよ。でもデリバリーのピザなんて。」 というひとしきりのやり取りがあった。

高校生の時も彼女のことなど絶対に親に話さなかった長男だけに、申し出はうれしかった。私が知る限りベネルクスでは10代でも当たり前に恋人を親に紹介するし、家にも招く。クリスマスのような家族行事には、息子・娘の恋人が同席することもよくある。休暇にも息子・娘の恋人を家族同様に招待したりする人もいる。むろん、今年のクリスマスは近い家族でさえ集まれないのだから、若い恋人たちも気兼ねなく過ごしたことだろう。

20年のベネルクス生活で、「おもてなし」についてはいろいろな経験をしてきた。ここでも、人に対する期待値が高い日本人の間では、自分のハードルも上げざるを得ず、人を招いても招かれても、大仕事だ。持ち寄りパーティーやピクニックとなれば、それぞれががんばって腕を振るい、絶対に食べきれないほどの大量の食べ物と飲み物が並ぶことになる。そしてお互いの料理をやたら褒め合う。それが礼儀というものだろう。

オランダ人、ベルギー人となれば話は別。オランダでも持ち寄り(ポットラック)がよくあったが、私以外は誰も何も持ってこなかったパーティーは一度や二度ではない。ピクニックならバケットやオリーブやチーズをスーパーか市場で買って持ってくる程度。若いときのことだが、友人を招待して、食事の準備していた挙句、その人が約束を忘れて来なかったこともあったし、招待していたカップルが直前に喧嘩をして、直前キャンセルということもあった。一生懸命やりすぎるだけに、失望や怒りが大きかった。

そんな経験を積み重ねて、気合を入れすぎない方が吉と出ることはよーく学んだ。今となっては、期待値の低い気楽さがらくちんである。期待もしない分、失望も少ない。適当、適度でいいのだ。

しかし、息子が初めて彼女を家に連れてくるとなれば話は別と、日本的なセンスがメラメラよみがえった。箱に入ったピザがテーブルに展開することは避けたい...と思いつつ私は終えなくてはならない仕事と格闘していた。

パートナー(父親)の計らいで、若き二人は近所のスーパーに買い物に行き、ピザの材料を買って戻ってきた。キャッキャ言いながら2人でトマトソースを作り始めた。生地はオーブンに入れるだけの便利なものがあるので、主な仕事はトッピングのみ。

キッチンで作業しながら、私のあずかり知らぬところで彼女は自然にうちに馴染んだようだ。私はご飯づくりからも解放されて、ピザのいい匂いがしてくるまで仕事を続けられた。半手作りのピザはそれなりにおいしく、私は素直に「ごはん作ってくれてありがとねー」と、カップルに感謝した。

もし私が無理して日本食を数時間かけて作って 「忙しいのに一生懸命作ったのよ、おいしいでしょ」の「どうだ」感を押し付けたら、彼女の神経はマックスに疲れたに違いない。お客様扱いされないせいか、女は打ち解け、気合の入らないご飯を楽しんでくれたようだ。

若いカップルから、おもてなさないハッピネスを改めて学んだ楽しい食事だった。

 

Profile

著者プロフィール
岸本聡子

1974年生まれ、東京出身。2001年にオランダに移住、2003年よりアムステルダムの政策研究NGO トランスナショナル研究所(TNI)の研究員。現在ベルギー在住。環境と地域と人を守る公共政策のリサーチと社会運動の支援が仕事。長年のテーマは水道、公共サービス、人権、脱民営化。最近のテーマは経済の民主化、ミュニシパリズム、ジャストトランジッションなど。著書に『水道、再び公営化!欧州・水の闘いから日本が学ぶこと』(2020年集英社新書)。趣味はジョギング、料理、空手の稽古(沖縄剛柔流)。

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