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トルコから贈る千夜一夜物語

木村菜穂子|トルコ

ラマダンの伝統をも変える? トルコの経済事情

i-Stock ラマダン

2 年ぶりの規制なしのラマダンが進行中のトルコ。4 月 2 日から始まった今年のラマダンは 5 月 1 日まで続きます。トルコでは、昨年・一昨年と 2 年続けてコロナ禍のラマダン月はロックダウンまたは外出禁止でした。コロナに伴う規制がすべて解かれた今年のラマダン。人々は今年のラマダンをどんなにか楽しみにしていたことでしょう。ところが今年は別の理由でこれまでのラマダンとは異なる状況がみられています。

ラマダンとは? ざっと簡単にご説明

ラマダンとは、ご存じの方も多い方と思いますが、イスラム教徒の断食月のことです。このひと月は「Holy Month (聖なる月)」とも呼ばれており、イスラム教徒にとっては一大イベントです。イスラム教の暦は現在の太陽暦ではなく太陰暦に従っており、ラマダン月は毎年変わります。去年のラマダンが 4 月 12 日から 5 月 11 日までだったのに対し、今年のラマダンは 4 月 2 日から 5 月 1 日まで。

時々誤解されるのですが、ラマダン (断食) 月というのは 30 日間を通して全く飲まず食わずで過ごすわけではありません。日が昇ってから日が沈むまでの間は飲み食いしないのがラマダンです。つまり、この月の間は食事ができるのは日が沈む夕方以降となります。朝は日が昇る前に起きて食事を済ませます。

断食をしている人が一様に口をそろえて言うのが、「食べないことより水を飲めないことのほうがずっと辛い」ということです。私がヨルダンに住んでいた 7 年間はちょうど真夏がラマダン月にかかっていました。日が長い夏の期間は、日が昇って沈むまで 15 時間以上になることもあります。この時間ずっと水を飲まずに過ごすのは、かなりきついといえます。

ちなみに北欧では夏の期間、太陽が沈まない「白夜」があります。イスラム教徒がこの北欧に住んでいる場合、日が沈まないわけですから飲み食いが 24 時間できないことになります。でもこのような場合は、サウジの日の出・日の入りの時間に合わせて断食を終えることができるそうな。これはヨルダンに住んでいた時に誰かから聞いた話で、イスラム教についての知識が不足していた初期に「ふーん」と興味深く耳を傾けたものです。

断食と聞くと、修行や苦行のようなイメージを持たれる方も多いと思いますが、ヨルダンのイスラム教徒はラマダン月を非常に楽しみにしていました。この 1 か月は日中こそ飲み食いしないものの、夜な夜な豪華なご馳走をいただきます。この断食を終えて最初に食べる夕方の食事を「イフタール」といいます。イフタールとはアラビア語で「朝食」を意味します。ラマダン中の食事の時間は夕方なのですが、一日で一番最初に食べる食事という意味では「朝食」といえます。

iStock-1144400014.jpgi-Stock イフタールの食事の例

ラマダン中は親族や友達を呼んで呼ばれて、とにかく夜中食べ続けます。この期間に太るイスラム教徒も多いです。食べる時間も時間ですし、毎日が「cholesterol feast (高コレステロールの宴会)」ですから、太るのは必然といえるかもしれません。主婦たちは腕を振るって毎日料理に精を出します。ときどきはホテルやレストランのイフタールにお洒落をして出かけます。ヨルダンでは、断食をしていないクリスチャンたちもこのイフタールに着飾って出かけていました。私も呼ばれて出かけたことがあります。とにかく国をあげてのラマダン月は一大イベントで、1 か月間続くお祭りのような感覚。

トルコのラマダンは中東のアラブ諸国ほど盛大ではない印象ですが、それでも家族・親族・友達との団らんを楽しむイベントであることに変わりはありません。コロナ禍の 2 年間はトルコで外出禁止令が敷かれたために、ほとんどが家族単位で食事をする少し物足りないラマダンとなりました。今年はそんな規制が一切なく、思う存分ラマダン月を楽しめる...はずなのですが、今年は別の理由でラマダンの様子が少し異なります。

トルコの今年のラマダン事情

重く垂れこめた雲のようにトルコ全土を覆うのはリラ暴落に伴う経済危機。以前のいくつかの記事でもすでに紹介していますが、トルコ経済は悪化する一方で、この 3 月のインフレ率はこの 20 年間で最悪の 61.14% だと公式に発表されています。ただし、独立系のインフレーション・リサーチ・グループ(ENAG)によると実際の数字は 142.63% だともいわれています。今年に入ってから、トルコの労働者の最低賃金は 50% (2825リラから4253リラに)、最低年金受給額は 60% (1500リラから2500リラに) 値上げされました。しかし、公式に発表されているインフレ率ですら 61% ということですから、この「値上げ」は実質的には値上げになっていないことになります。

光熱費・食費・ガソリン代などがことごとく 2-3 倍 (あるいはそれ以上) に跳ね上がっている状態では、ラマダン中にちょっと豪華な食事を準備することすら多くの人にとって難しい状況です。長時間の飲まず食わずの後に食事がスープとパンだけでは断食のモチベーションにつながりませんし、まさに修行または苦行という状態になります。

本来ラマダンというのは、日中に断食をすることで貧しい人たちの気持ちを体感し、断食後の食事の際には貧しい人たちや近所の人たちに食べ物を分け与えるという寛大な精神を促進する目的もあります。が、この経済不況ではイフタールに近所の人はもとより親族すら気軽に呼ぶことができなくなります。実際、ある調査によると今年のラマダンには食事に人を呼ばないと答えている人が 10 人中 5,6 人ほどいます。また、このラマダン期間中に食費が跳ね上げあがることを心配している人が 10 人中 5 人います。

結局、コロナ禍のラマダンと変わらずに家族単位でそれぞれ食事をするトルコ人も少なくない現状が見えてきます。最低額の年金を受給している年金生活者の今年のイフタールは、乾いたパンとオリーブだけだという意見もあります。

iStock-1385214310.jpgi-Stock ラマダンに欠かせないナツメヤシ。断食後、食事をする前にまずナツメヤシを食べるのが胃に良いとされています。今年はこのナツメヤシの値段も高騰していて、以前なら一度に 2-3 粒食べていたものが 1 粒だけ (あるいはまったく買えない状態) になっているのが現実。

トルコの経済危機で弱者はさらに弱者に

さて、お金というものはあるところにはあるもので、経済危機など全く関係なく生活できる人もたくさんいます。どこでもいえることで、日本も例外ではないかと思いますが、この経済不況で貧しい人はさらに貧しくなります。

iStock-1387490765.jpgi-Stock 道路のごみ箱からリサイクル品を集める人たち。1 日の収入は限りなく低い。トルコのどの都市でも見かける光景です。

最近、イフタールまであと 1 時間という閑散とした時間帯にガジアンテプの街を歩いていましたら、10-12 歳ほどの男の子たち 3 人が道路のごみ箱からリサイクルできるものを探しているところに遭遇しました。シリア人かな、と思って通り過ぎようとしましたら、一人の男の子が「あ、日本人」と声をあげたので、少し立ち止まって話すことにしました。「シリア人なの?」と聞くと「トルコ人だ」と。「なんで仕事をしているの?」と聞くと、「食べるものがないからお金のために」という回答。3 人は兄弟だということでした。

「お父さんとお母さんは?」と聞くと、母親は 25 歳で亡くなったということです。父親は、母親が亡くなる前だったようですが仕事中に足を切断してしまい、その後は働いていないのだそうです。そのため、この 3 人の男の子がペットボトルなどのリサイクル品を集める仕事をしているということです。一番年上の男の子だけ学校に何とか行っているようですが、あとの 2 人は学校に行っていません。さらに家には 3 人の幼い姉妹たちがいるというのです。6 人の子供を産み、25 歳で亡くなった母親。多分結婚したのは 15,6 歳なのでしょう。

お金がないといいながらお金をせびることもなく、「仕事」で稼ごうとしているけなげな男の子たちに胸が痛くなりました。素直でとてもきれいな目をしていました。この子たちの将来は一体どうなるのでしょう。こうした子供たちにこそ福祉の手が届くべきなのですが...。家にインターネットはなく、父親は携帯すら持っていないということでした。この時代にインターネットがないと社会からさらに取り残されます。

この子供たちに今、100-200 リラを渡したところで焼け石に水。もっと根本的な援助の手が必要です。このような家庭ではラマダンもイフタールも関係ありません。日々の食べ物がない状態です。一瞬かなり悩みましたが、結局お金を渡さずに別れました。外国人を見るとお金をせびるようになっては困る...と思ったのが一つの理由。それから、このラマダンの期間中、未成年の子供がいる家庭には政府から子供 1 人あたり 1200 リラの支給があるとシリア人の友だちから聞いていましたので、子持ちの近所の人に確認するように伝えました。

とはいえ、焼け石に水でもお金を渡したほうが良かったのか、その日だけでも好きなものを食べれたのではないか...今でも自問自答してしまいます。せめて家がどこだったか聞くべきだったか...。でも私のつたないトルコ語ではできることも限られています。

リサイクル.JPEG筆者撮影 ‐ こちらは私が話をした 3 人の男の子たちではありませんが、やはり子供 2 人でリサイクル品を集める仕事をしています。礼儀正しくて素直な子供たちが多いです。

ラマダンの豪華なイフタールを楽しみ、ソーシャルメディアにアップする人たちがいる一方で、乾いたパンとオリーブでイフタールを済ませるご老人たちや、その日の食べ物すらない子供たちもいる。弱者がさらに弱者になる社会。こうした弱者が一人でも少なくなるように願ってやみません。

2 年間のいわゆるブランクを経てやっと「ノーマル」な状態に戻ったはずの今年のラマダン。まだ始まったばかりですが、厳しい現実です。来年のラマダンこそはもう少し良い経済状況で迎えたいと多くのトルコ人が思っていることでしょう。筆者も心からそう願っています。

 

Profile

著者プロフィール
木村菜穂子

中東在住歴13年目のツアーコンサルタント/コーディネーター。ヨルダン・レバノンに7年間、ドイツに1年半滞在した後、現在はトルコ在住4年目。メインはシリア難民に関わる活動で、中東で習得したアラビア語(Levantine Arabic)を駆使しながらトルコに住むシリア難民と関わる日々。

公式HP:https://picturesque-jordan.com

ブログ:月の砂漠―ヨルダンからA Wanderer in Wonderland-大和撫子の中東放浪記

Eメール:naoko_kimura[at]picturesque-jordan.com

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