コラム

広島G7サミットで日本が失ったものは何か

2023年06月02日(金)19時30分

サミット開催国として舞い上がった挙句、日本は無自覚なままに選択肢を失った...... Kenny Holston/REUTERS

<広島G7サミットで、岸田政権が欧米のリベラルな価値観に強烈にコミットした見返りに得たものは何だったのだろうか......>

2023年5月、日本で行われた広島G7サミットの評価は一般的に高かったように思う。しかし、我々は広島G7サミット成功の影で、日本が失ったものもしっかりと認識するべきだ。

G7広島首脳コミュニケを見れば分かるように、その主要なテーマは「ウクライナ問題」「核軍縮」「経済安全保障」「クリーン・エネルギー」「グローバル食糧安全保障」「グローバル・インフラ投資」などであった。細目としてはSDGs、脱炭素・気候変動、再エネ、国際保健、移住促進、AI規制、ジェンダーなどが並んでいる。極め付けはゼレンスキー大統領の参加であるが、当然に岸田政権の独断で実行できるはずもなく、事前に欧米各国からの了解を得た上でのパフォーマンスであったであろう。

グローバルサウスの国々からの失望には敏感であるべき

一方、岸田政権は欧米のリベラルな価値観に強烈にコミットした見返りに得たものは何だったのだろうか。

日本はG7唯一のアジアからのメンバーであるが、今回のG7サミットにおいて、その立場を生かした独自のアジェンダを設定できたようには思えない。むしろ、日本において欧米諸国の既定路線を再確認し、日本の外交安全保障政策上のフリーハンドを喪失させる結果となったと言える。特に言葉にならないグローバルサウスの国々からの失望には敏感であるべきだ。

多くのアジア諸国を含むグローバルサウスの国々にとっては、ウクライナ問題などは物資、エネルギー、食糧の価格を高騰させる厄介事でしかない。もちろん軍事侵攻を開始したロシアに問題はあるが、北半球のイザコザにグローバルサウスの国々が付き合う理由はない。彼らの正直な本音としては、北半球の国々で自分達だけで迷惑をかけずに勝手にやってくれ、と言ったところだろう。インドのモディ首相はゼレンスキー大統領と形式上面会したが、表面上は歓迎しても実際には迷惑だったであろうことは容易に想像がつく。事実、面会後のインド側の声明文も従来の姿勢を変えるようなものではなかった。

経済安全保障は国際貿易・国際投資に余分な複雑さをもたらすものであり、これから発展しようとする国々にとっては邪魔な要素でしかない。一部のサプライチェーン上の生産地が中国から移転することで恩恵を受ける国もあるだろうが、彼らが本当に望むものは自由市場へのアクセスであって、北半球諸国の覇権争いのための経済戦争に巻き込まれることではない。(もちろん、南側の国も米中のインフラ投資競争は望むところで、双方から貰うだけ貰うスタンスであろうけれども)

そして、北半球のリベラルな勢力の価値観の強制は、グローバルサウスの国々にとっては余計な押し付けでしかない。北半球の欧米諸国が過去に行った植民地支配や環境破壊を何ら反省することなく、再び南半球の国々の文化や経済に介入する姿勢は顰蹙ものであろう。

プロフィール

渡瀬 裕哉

国際政治アナリスト、早稲田大学招聘研究員
1981年生まれ。早稲田大学大学院公共経営研究科修了。 機関投資家・ヘッジファンド等のプロフェッショナルな投資家向けの米国政治の講師として活躍。日米間のビジネスサポートに取り組み、米国共和党保守派と深い関係を有することからTokyo Tea Partyを創設。全米の保守派指導者が集うFREEPACにおいて日本人初の来賓となった。主な著作は『日本人の知らないトランプ再選のシナリオ』(産学社)、『トランプの黒幕 日本人が知らない共和党保守派の正体』(祥伝社)、『なぜ、成熟した民主主義は分断を生み出すのか』(すばる舎)、『メディアが絶対に知らない2020年の米国と日本』(PHP新書)、『2020年大統領選挙後の世界と日本 ”トランプorバイデン”アメリカの選択』(すばる舎)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=ナスダック最高値、エヌビディア決算控

ビジネス

NY外為市場=ドル小幅高、FRB当局者は利下げに慎

ワールド

米、ウクライナ軍事訓練員派遣の予定ない=軍制服組ト

ワールド

ICC、ネタニヤフ氏とハマス幹部の逮捕状請求 米な
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:スマホ・アプリ健康術
特集:スマホ・アプリ健康術
2024年5月28日号(5/21発売)

健康長寿のカギはスマホとスマートウォッチにあり。アプリで食事・運動・体調を管理する方法

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    娘が「バイクで連れ去られる」動画を見て、父親は気を失った...家族が語ったハマスによる「拉致」被害

  • 3

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の「ロイヤル大変貌」が話題に

  • 4

    米誌映画担当、今年一番気に入った映画のシーンは『…

  • 5

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 6

    中国の文化人・エリート層が「自由と文化」を求め日…

  • 7

    ベトナム「植民地解放」70年を鮮やかな民族衣装で祝…

  • 8

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 9

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 10

    「親ロシア派」フィツォ首相の銃撃犯は「親ロシア派…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 5

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 6

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 7

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の…

  • 8

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 9

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 10

    娘が「バイクで連れ去られる」動画を見て、父親は気…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された─…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story