コラム

美しい山岳風景、地方からの没落をひしひしと感じる

2021年04月23日(金)15時09分

撮影:伽賀隆吾

第25回 南大町駅 - 青木湖
<令和の新時代を迎えた今、名実共に「戦後」が終わり、2020年代は新しい世代が新しい日本を築いていくことになるだろう。その新時代の幕開けを、飾らない日常を歩きながら体感したい。そう思って、東京の晴海埠頭から、新潟県糸魚川市の日本海を目指して歩き始めた。>

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「日本横断徒歩の旅」全行程の想定最短ルート :Googleマップより

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これまでの24回で実際に歩いてきたルート:YAMAP「軌跡マップ」より

◆北アルプスを借景に抱く町並み

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この町では、どこを向いても山岳風景が背景に見える

今回は、長野県大町市の中心市街地入口にあるJR大糸線・南大町駅からスタートした。新潟県境まで50km余り。この町を過ぎると、ゴールの糸魚川市まで、長野県側の山間地にある白馬村と小谷(おたり)村を残すだけとなる。

大町市は、地形的には、日本列島の中央を通る大地溝帯・フォッサマグナに沿った"日本の谷底"に位置する。また、これまで5回にわたって歩いてきた松本盆地のどん詰まりでもある。そういうロケーションなので、進行方向の北に向かって西を向けば白銀の世界が広がる北アルプス、東には妙高高原の山並みが見える。北アルプスはプレート同士がぶつかり合ってできた切り立った山脈だ。

大町は、あらゆる町角の背景に山岳風景が広がる美しい町だ。ただ、個人的には、子供時代に見て自分の中で山岳の絶景の基準になっているカナディアン・ロッキーや本家のアルプスを借景に抱いたバンフやジュネーヴの町と比べれば、絵葉書的な美と爽やかさに欠けていると感じてしまう。大陸の山岳風景の雄大さに対し、大地溝帯と共に成立した日本アルプスには、独自の繊細な美しさや迫力があるのは良く分かる。問題は、その大自然を背景に立ち並ぶ建築物が織りなす町並みである。これは大町に限った話ではなくて、高度成長期の短期間に無計画にワーっと成立した現代日本の町並みは、すべからく雑然・茫漠としていると感じる。しかも、今では「失われた30年」によってすっかり疲弊した地方都市は、活気が失われた疲れた町並みだと言わざるを得ない。

文化の違いや経済的事情によって欧米の事情と直接比較はできないかもしれない。しかし、町を開発する行政・企業や家を建てる個人が、背景との調和(あるいは芸術的な不調和)を体系的にしっかり考えていれば、大町のような立地ならなおさら、夢のような都市空間が作れるはずだ。僕には、今の日本の景観全般が、戦後日本の行き当たりばったりで経済優先のイケイケドンドンな開発の残りかすが溜まった澱(おり)のように見える。もともとのこの国の自然と文化には素晴らしいポテンシャルがあるだけに、とてももったいないと思う。

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◆昭和の活気を思い起こす「アーケード商店街」

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大町の昭和テイスト抜群のアーケード商店街

中心駅の大町駅を過ぎ、駅前商店街をしばらく歩くと、レトロなアーケード商店街があった。飲食店や商店が20軒ばかり並んでいただろうか。地方の商店街は今やほとんどシャッター街と化しているが、ここは完全にシャッターが降りた店は少ない。かろうじて生きている昭和の残滓と言ったら失礼だろうか。ほどよくひなびた、しかしまだ完全には活気を失っていない素敵な昭和空間である。

僕にはこの日本独特の「アーケード商店街」には、特別な思い入れがある。子供時代の半分ほどを海外で過ごした自分にとって、明確な思い出として残る「昭和の日本の町」は、小学校後半を過ごした東京・品川区の武蔵小山だ。当時目蒲線と呼ばれていた目黒線・武蔵小山駅前のアーケード商店街(武蔵小山商店街パルム)は、確か"東洋一"を謳っていて、今も活気を失っていない。住んでいた昭和50年代はおそらく全盛期で、その活気は僕にとって、世界有数の経済大国を謳歌していた当時の日本全体の活気の象徴である。

だから今も、見知らぬ町でアーケード商店街に出会うと、古き良き日本のノスタルジーを求めてフラリと立ち寄ってしまう。でも、地方の場合は特に、往時の活気は見る影もなく、今の日本の没落を余計に感じてしまう場合が多いのだが・・・。ちなみに、アーケード商店街は全国にくまなくあり、その数は600とも言われる。しかし、商店街そのものの衰退と共に、屋根の撤去が進んで「アーケード商店街」は年々減っている。ここもいずれは、遠い昭和の遺産となってしまうに違いない。

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◆信州ジビエで力をつける

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市街地を抜けた町外れの光景

風情あるアーケード商店街をはじめ、大町の中心市街地には「松本盆地最後の町」にふさわしい一種の"最果てのロマン"があった。それが、町外れに近づくにつれ、全国どこにでもある大型店やコンビニが並ぶ量産型の光景に戻っていく。でも、その背景の切り立った雪山はどこにでもある光景ではなく、その対比が今の"オール埼玉化"した日本にあって、いささかシュールに見えた。

ところで、ここ長野県の農村地帯や山間部では、野良猫よりも野生の鹿の方がずっと多い。この「日本横断徒歩の旅」でも、僕の自宅がある茅野市の山間地で、白昼堂々と草を食む鹿の群れに出会った(第16回)。環境保護活動が実を結んで自然が回復している一面もあるとは思うが、その増加ぶりは異常だ。この旅でも、鹿害対策の電気柵で囲われた農地は、お馴染みの光景となっている。人間が地球で突出した存在になって久しいが、その歪(いびつ)な自然の中で、特定の野生動物が突出して増えるのは、歪中の歪ではあるまいか。

そんなことを考えたのも、お昼時に通過した地域で唯一開いていた飲食店が、ジビエ料理を売りにした洋食屋さんだったからだ。僕は鹿カツ定食をいただいたのだが、あっさりと健康的でマジメな美味しさだった。それに、赤身の鹿肉は元気が出る。こういう地産地消が普及すれば、自然のバランスも無理なく回復すると思う。食後に歩いた農村では、キジを目にしたのだが、「おいしそう」という言葉がつい脳裏に浮かんでしまった。

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お昼にいただいた鹿カツ

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食後に村で見かけたキジ

プロフィール

内村コースケ

1970年ビルマ(現ミャンマー)生まれ。外交官だった父の転勤で少年時代をカナダとイギリスで過ごした。早稲田大学第一文学部卒業後、中日新聞の地方支局と社会部で記者を経験。かねてから希望していたカメラマン職に転じ、同東京本社(東京新聞)写真部でアフガン紛争などの撮影に従事した。2005年よりフリーとなり、「書けて撮れる」フォトジャーナリストとして、海外ニュース、帰国子女教育、地方移住、ペット・動物愛護問題などをテーマに執筆・撮影活動をしている。日本写真家協会(JPS)会員

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