コラム

狙われる金融機関。日本のコンビニATMとバングラ中銀

2016年05月30日(月)16時30分

バングラデシュ中央銀行から盗まれた92億円

 海外ではさらにスケールの大きな事件も起きている。2016年2月、世界史上最大の銀行強盗が起きた。バングラデシュ中央銀行が米国の米ニューヨーク連邦準備銀行に保有する口座が狙われた。AFP通信によれば、2月5日(金)、悪者ハッカーが、バングラデシュ中央銀行名義の外国為替口座から8100万ドル(約92億円)を盗んでフィリピンのいくつかの口座へ移すことに成功した。

 さらに悪者ハッカーは、バングラデシュ中央銀行の預金をスリランカの口座に移動しようと35回の送金依頼を行ったが、送金依頼に誤字があり、失敗したという。送り先がスリランカの「Shalika Foundation」というNGOの口座だったが、犯人たちは「Foundation」を「Fandation」と書いてしまった。技術はあっても英語の素養がなかったのだろう。送金の中継ぎをしたドイツ銀行が不審に思い、取引を止めたために犯行が露見した。これが成功していれば、さらに8億5000万ドル(約970億円)、合計して1000億円以上の被害が出るところだった。

 ここでも休日が狙われた。バングラデシュではイスラム教が主流なので、金曜日が休みになる。続く土曜日と日曜日は米国のニューヨーク連銀が営業しておらず、さらにその翌日の2月8日(月)は旧正月でフィリピンの銀行が休みだった。銀行間の連絡に時間がかかるタイミングが狙われたのではないかという。

弱い結節点

 この事件についてニューヨーク連銀は、そのシステムが攻撃・侵入されたわけではないとしている。どうやら国際銀行間通信協会(SWIFT)が攻撃を受けたのではないかと見られている。SWIFTは国境をまたぐ送金の際に使われる組織で、世界の1万を超える銀行が加盟している。例えば日本の銀行から米国の銀行に資金を移す際には米国の銀行のSWIFT番号が求められ、それに基づいて決済処理が行われる。資金が逆に流れるときも同じで、日本の銀行もSWIFT番号を持っている。

 ニューヨーク連銀は、不正な資金移動の指示はSWIFTのメッセージ・システムで承認されていたという。どうやらそのシステムへのアクセスコードを使ってニューヨーク連銀をだまし、バングラデシュ中央銀行の口座から悪者ハッカーたちの口座に資金を移動させた。さらに、関係する銀行のソフトウェアを書き換え、不正操作の痕跡を消した。しかし、使われた手法が2014年末のソニー・ピクチャーズに対して使われた手法と似ていると米国のセキュリティ会社シマンテックが指摘しており、北朝鮮の関与も取りざたされている。

 この報道の後、バングラデシュ中央銀行が最初のターゲットではないことも分かった。2015年12月にも同様のサイバー攻撃がベトナムの銀行に対して行われたが、失敗していたという。同様の失敗事例が他にもあり、調査が行われている。

 個々の銀行でサイバーセキュリティ対策を高めても、それぞれを使うリンクが弱いとつけ込まれる可能性をこの事件は示している。ましてそれが国境をまたぐとなると、国際協力が必要になり、複雑度が上がってしまう。

地下銀行へと消えるお金

 とられたお金はどこにいくのか。日本の銀行から引き出された現金は、同じATMから別の銀行口座に送金されたのではないかという指摘もある。そうすれば、監視カメラの映像と組み合わせて送り先の口座はすぐに特定されるだろう。しかし、その口座からはすばやく別の口座に移され、転々としているうちに闇へと消えていく。

 現金であっても、いったん犯罪者グループによってまとめられた後、地下銀行に持ち込まれることになるだろう。地下銀行は政府によって承認された金融機関ではなく、表で取り扱うことができないお金が持ち込まれる。しかし、彼らは簡単に国際送金を可能にする。日本の地下銀行に現金が持ち込まれると、帳簿に記載される。そして、外国で犯人グループが引き出す際、その帳簿に外国での現金の引き出しを書き込むだけである。地下銀行は取引手数料を受け取り、後は何もなかった顔をしていれば良い。

 お金はいつでも犯罪の最大のモチベーションである。常に新たな脆弱性が狙われることになる。金融機関はサイバーセキュリティ投資を怠っているわけではないが、犯罪者たちとの競争が終わることなく続くだろう。

プロフィール

土屋大洋

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授。国際大学グローバル・コミュニティセンター主任研究員などを経て2011年より現職。主な著書に『サイバーテロ 日米vs.中国』(文春新書、2012年)、『サイバーセキュリティと国際政治』(千倉書房、2015年)、『暴露の世紀 国家を揺るがすサイバーテロリズム』(角川新書、2016年)などがある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米候補者討論会でマイク消音活用、主催CNNが方針 

ワールド

米石油・ガス掘削リグ稼働数、22年1月以来の低水準

ワールド

ウクライナ平和サミット開幕、共同宣言草案でロシアの

ワールド

アングル:メダリストも導入、広がる糖尿病用血糖モニ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:姿なき侵略者 中国
特集:姿なき侵略者 中国
2024年6月18日号(6/11発売)

アメリカの「裏庭」カリブ海のリゾート地やニューヨークで影響力工作を拡大する中国の深謀遠慮

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    この「自爆ドローンでロシア軍撃破の瞬間」映像が「珍しい」とされる理由

  • 2

    森に潜んだロシア部隊を発見、HIMARS精密攻撃で大爆発...死者60人以上の攻撃「映像」ウクライナ公開

  • 3

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS攻撃「直撃の瞬間」映像をウクライナ側が公開

  • 4

    メーガン妃「ご愛用ブランド」がイギリス王室で愛さ…

  • 5

    米モデル、娘との水着ツーショット写真が「性的すぎ…

  • 6

    米フロリダ州で「サメの襲撃が相次ぎ」15歳少女ら3名…

  • 7

    接近戦で「蜂の巣状態」に...ブラッドレー歩兵戦闘車…

  • 8

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 9

    「ノーベル文学賞らしい要素」ゼロ...「短編小説の女…

  • 10

    FRBの利下げ開始は後ずれしない~円安局面は終焉へ~

  • 1

    ニシキヘビの体内に行方不明の女性...「腹を切開するシーン」が公開される インドネシア

  • 2

    接近戦で「蜂の巣状態」に...ブラッドレー歩兵戦闘車の猛攻で、ロシア兵が装甲車から「転げ落ちる」瞬間

  • 3

    早期定年を迎える自衛官「まだまだやれると思っていた...」55歳退官で年収750万円が200万円に激減の現実

  • 4

    認知症の予防や脳の老化防止に効果的な食材は何か...…

  • 5

    米フロリダ州で「サメの襲撃が相次ぎ」15歳少女ら3名…

  • 6

    毎日1分間「体幹をしぼるだけ」で、脂肪を燃やして「…

  • 7

    堅い「甲羅」がご自慢のロシア亀戦車...兵士の「うっ…

  • 8

    カカオに新たな可能性、血糖値の上昇を抑える「チョ…

  • 9

    「クマvsワニ」を川で激撮...衝撃の対決シーンも一瞬…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃が妊娠発表後、初めて公の場…

  • 1

    ラスベガスで目撃された「宇宙人」の正体とは? 驚愕の映像が話題に

  • 2

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 3

    ニシキヘビの体内に行方不明の女性...「腹を切開するシーン」が公開される インドネシア

  • 4

    ウクライナ水上ドローンが、ヘリからの機銃掃射を「…

  • 5

    「世界最年少の王妃」ブータンのジェツン・ペマ王妃が…

  • 6

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 7

    接近戦で「蜂の巣状態」に...ブラッドレー歩兵戦闘車…

  • 8

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃の「マタニティ姿」が美しす…

  • 9

    早期定年を迎える自衛官「まだまだやれると思ってい…

  • 10

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story