コラム

袴田事件の取材で感じた怒りと悲しみ...日本人は改めて「死刑」の意味を考えるべき

2023年04月15日(土)15時00分
西村カリン(ジャーナリスト)
袴田巌さんの姉ひで子さん

釈放された袴田巌さんに世界ボクシング評議会(WBC)が贈った名誉チャンピオンベルトを、代理で受け取ったひで子さん(2014年4月) Toru Hanai-Reuters

<世界でも数少ない死刑制度が残る国である日本の人々は、袴田巌さんの事件から何を学ぶべきか>

おそらくほとんどの日本人は「袴田事件」がどういった事件か知っているだろう。ただ、いつから知っているかと聞かれたら「最近」と答える人(特に若者)が多いのではないか。

なぜなら3月13日に「袴田巌さんの再審開始」という東京高裁の決定が大きく報道されたから。20日には「検察が特別抗告を断念」「再審開始が確定」というニュースも報じられた

事件が起きたのは1966年。現在の静岡市清水区の味噌会社専務宅が全焼し、刃物で刺された4人の遺体が発見された。従業員で元プロボクサーの袴田さんが容疑者として起訴され、68年に静岡地裁で死刑判決が言い渡された。

80年に死刑が確定し、以降弁護団は「再審」を2回請求。ひで子さんが「巌は絶対に無罪」と思って、諦めずにずっと頑張った。2014年3月には地裁が再審開始を決定し、多くのテレビカメラの前で袴田さんは釈放された。

あれから9年。検察は最高裁への特別抗告を断念したが、袴田さんはまだ再審開始を待っている。検察は、なぜ間違いの可能性を認めないのか。彼らは現在87歳の袴田さんが自然に亡くなるのを待っているのではないかと怒りを感じる。

私が初めて袴田事件について詳しく知るようになったのは13年のこと。当時AFP通信の特派員だったが、日本人の同僚がひで子さんを取材して書いた記事を読んで大きなショックを受けた。以来、袴田さんのことが気になり、18年に浜松市にある巌さんとひで子さんの自宅に行って取材をした。

巌さんに会った時は、なんとも言えない気持ちになった。本人の人生を考えたら悲しかったのと同時に、果物をパクパクと食べている巌さんの顔を見ると、落ち着いた幸せそうなおじいさんに見えた。本人は起きていることを認識していない、妄想の世界に生きているとひで子さんが説明してくれた。

ひで子さんは、弟の姿を見ていつも笑顔だった。そんな素晴らしい人は、ひで子さんしかいないと思う。その時の取材の思い出を書くだけでも感動してしまう。再審が確定した時には涙が出たし、無罪の判決を待っている。

その後は支援者の呼び掛けに応じ、私も再審を求める活動にできる限り参加した。

事件から再審確定まで57年。袴田さんがいかに精神的に辛い状況にあるか、誰にも想像できない。精神的な拷問と言わざるを得ない。先進国である日本で、あってはならないことだ。

死刑が執行されていないから大丈夫だと思ったら大間違いだ。本人だけでなく、ひで子さんをはじめ周りの人々の人生も犠牲になった。日本では戦後4人の死刑囚が無罪になっており、近いうちに袴田さんも無罪と決定されたら5人目。しかも今まで死刑執行された死刑囚の中に、無罪の人がいた可能性も十分ある。

プロフィール

外国人リレーコラム

・石野シャハラン(異文化コミュニケーションアドバイザー)
・西村カリン(ジャーナリスト)
・周 来友(ジャーナリスト・タレント)
・李 娜兀(国際交流コーディネーター・通訳)
・トニー・ラズロ(ジャーナリスト)
・ティムラズ・レジャバ(駐日ジョージア大使)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:アルゼンチン止まらぬ物価高、隣国の町もゴ

ビジネス

アングル:肥満症薬に熱視線、30年代初頭までに世界

ワールド

イスラエル、新休戦案を提示 米大統領が発表 ハマス

ビジネス

米国株式市場=ダウ急反発、574ドル高 インフレ指
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:イラン大統領墜落死の衝撃
特集:イラン大統領墜落死の衝撃
2024年6月 4日号(5/28発売)

強硬派・ライシ大統領の突然の死はイスラム神権政治と中東の戦争をこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ウクライナ水上ドローンが、ヘリからの機銃掃射を「回避」してロシア黒海艦隊に突撃する緊迫の瞬間

  • 2

    ウクライナ「水上ドローン」が、ロシア黒海艦隊の「極超音速ミサイル搭載艇」を撃沈...当局が動画を公開

  • 3

    ヘンリー王子とメーガン妃の「ナイジェリア旅行」...痛すぎる教訓とは?

  • 4

    ロシアT-90戦車を大破させたウクライナ軍ドローン「…

  • 5

    「自閉症をポジティブに語ろう」の風潮はつらい...母…

  • 6

    1日のうち「立つ」と「座る」どっちが多いと健康的?…

  • 7

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...…

  • 8

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発…

  • 9

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 10

    米女性の「日焼け」の形に、米ネットユーザーが大騒…

  • 1

    自爆ドローンが、ロシア兵に「突撃」する瞬間映像をウクライナが公開...シャベルで応戦するも避けきれず

  • 2

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発」で吹き飛ばされる...ウクライナが動画を公開

  • 3

    ウクライナ水上ドローンが、ヘリからの機銃掃射を「回避」してロシア黒海艦隊に突撃する緊迫の瞬間

  • 4

    中国海軍「ドローン専用空母」が革命的すぎる...ゲー…

  • 5

    ハイマースに次ぐウクライナ軍の強い味方、長射程で…

  • 6

    「なぜ彼と結婚したか分かるでしょ?」...メーガン妃…

  • 7

    仕事量も給料も減らさない「週4勤務」移行、アメリカ…

  • 8

    都知事選の候補者は東京の2つの課題から逃げるな

  • 9

    少子化が深刻化しているのは、もしかしてこれも理由?

  • 10

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 3

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 4

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 5

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 6

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 7

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発…

  • 8

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 9

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 10

    自爆ドローンが、ロシア兵に「突撃」する瞬間映像を…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story