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腰パンたたきの気味悪さ

2010年02月17日(水)13時05分

 バンクーバー五輪のスノーボード代表、国母和宏選手の「腰パン問題」を聞いて思い出したのは、3年前の夏からアトランタなどアメリカのあちこちの市や町で腰パン禁止法案が検討されたり、実際に制定されたニュースだ。

 腰パンで歩いているだけで、罰金500ドルか禁固刑を科される。若者の風紀の乱れを正すには必要な法律だ、いややり過ぎだ、黒人への人種差別だなどと、多くの場合は議論が沸騰した。フロリダ州のある町ではいったん制定された条例が、裁判所が憲法違反との判断を下して廃止された。

 背景には、腰パン=非行=犯罪というイメージがある。こういう光景を毎日街で見かけるうちに、我慢できなくなった人たちがいるということだろう。諭しても聞く耳をもたないだろうから逮捕してしまえ、となる短絡さがアメリカらしいとも言えるし、着こなしを法で取り締まるなんてバカげてる、全体主義国家じゃあるまいし、という反論が腰パン自体は好ましく思わない人々からも出てきて、喧々諤々の議論になるところがアメリカらしいとも言える。

 国母選手の件では、抗議している人がいるから開会式に出させない、出場辞退だ強制送還だと、脊髄反射的に反応がエスカレートしていったことが気味が悪い。異質なものはとにかく排除しようとする意識、社会規範から外れた(ように見える)人間を型にはめて安心したい心理が透けてみえる。

 空港での国母選手の姿を見て、「あの身だしなみはちょっとなあ...」と感じる人がいるのはわかる。しかし、それがどうしてすぐに「国の代表なのに」「税金で行かせてもらっているのに」「応援する気が失せる」となってしまうのがわからない。

 サッカーの日本代表には、ロンゲでひげを生やした選手がいる。2002年の日韓ワールドカップのときは、髪型をモヒカンぽくして毛を赤く染めて試合に出てきた選手がいた。服装とは関係ないが、国の代表としての身だしなみをあれこれ言うなら、なぜそっちは問題ないのか。

 公費で活動を支えられている人の身だしなみを問うなら、ピンクのスーツやちょんまげ風の髪型の国会議員はかまわないのか。ロンゲもモヒカンもピンクもちょんまげも(国母選手のドレッドも)私自身は何の問題もないと思うが、そちらはオーケーで、でも下着が見えているわけでもない腰パンはダメで、ネクタイを締めていない代表団関係者もいるのに緩めて締めるのはダメ、という基準がどこにあるのかがわからない。

 カナダの新聞に、スノーボードクロスの競技用スーツについての記事が載っていた。ゲレンデの外での身だしなみとは関係ないが、スノーボードという競技のカルチャー的な部分を考えるうえで面白い。

 バンクーバー五輪の男子スノーボードクロスの練習で、カナダの選手が「バギーでないパンツ」をはいていることに、アメリカの選手がけちをつけたという話。


 練習中、よりゆったりした幅の(baggier)パンツをはいたアメリカの選手たちは、丁寧な言い方でカナダの選手たちをからかった。もうちょっとルースなパンツをはきなよ、と。

「スノーボードのクールな部分を守りたい。スピード重視で服を決めるような競技にはしたくない」と、アメリカ代表のニック・バウムガートナー選手は言う。


 趣味がいいとか悪いとか、個人のフィーリングの問題ではないらしい。


 カナダの代表チームは、スノーボードクロスの選手はルースフィットなパンツをはくべしという、長く続く「紳士協定」の枠を動かしていると、アメリカ代表のネート・ホランド選手は言う。カナダの一部の選手が着ている体にぴったりしたパンツは、ジャンプ時に優位を与え、スノーボードクロスという競技の未来そのものを脅かしていると、ホランドは主張する。

 スノーボードクロスには、ハーフパイプなどフリースタイル種目出身の選手と、パラレル大回転などアルペン種目出身の選手が混在している。ハーフパイプ選手のセンスのよさがスノーボード・ファッション業界の拡大と成功をもたらしたとみなされている一方で、アルペン出身の選手はスマートな競技服でトップスピードを出そうとするなど、より機能を重視する傾向にある。


 競技の未来、というのは大げさな気もするが、「魅せるスポーツ」のトッププレーヤーとしてこれだけは言いたい、みたいなプライドはわかる。


 アメリカなどいくつかの国の代表選手は国際スキー連盟に対し、Xゲームズ(速さや高さ、危険さや華麗さなどの過激な=エクストリームな要素を強調したさまざまな競技を集めて夏と冬に開催されるスポーツ競技会)にならって、スノーボードクロス選手のパンツの「最小幅規定」を設けるよう働きかけたという。今のところ、そうしたルールは導入されていない。

 今の段階では、クロスの選手たちはハーフパイプの選手のように「紳士協定」に従うべきだと、ホランドは言う。「ハーフパイプでスピード型の競技服なんか着ていたら笑い者になる」と、ホランドは言う。

 カナダのベテラン選手、ドリュー・ニールソンは、カナダの選手がアメリカの選手より少しばかりぴったりしたパンツをはいていることは認識しているが、それほど大きな違いがあるとは考えていない。

「誰もが自分自身のスタイルをもっている。タイトなパンツが自分のスタイルだという選手だっている」

 
 五輪で滑っている彼らはアスリートなのか、プレーヤーなのか。どちらでもいいし、どちらでもあると思うけれど、どの選手にもその選手なりのスタイルがある。それを忘れそうになったら、五輪中継のテレビを消して、外へ出て頭を冷やそうと思う。

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竹田圭吾

1964年東京生まれ。2001年1月よりニューズウィーク日本版編集長。

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