最新記事
中東

アメリカはどうでもよい...弾薬の供与停止も「進撃のイスラエル」は止まらない

US vs. Netanyahu

2024年5月15日(水)17時13分
エイミー・リーバーマン
アメリカはイスラエルを止められない

イスラエル軍が作戦を展開しているラファ東部を見るパレスチナ人男性(5月7日) HATEM KHALEDーREUTERS

<バイデンの警告を無視してネタニヤフはラファへ侵攻。終戦後のビジョンなきこの戦争の行方を元国家情報会議(NIC)議長に聞いた>

イスラエルは5月7日、パレスチナ自治区ガザ南部、エジプトとの国境にあるラファ検問所を掌握したと発表。アメリカなどが強く反対してきたラファへの大規模な地上作戦を本格的に開始した。

ジョー・バイデン米大統領は6日にイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相と電話会談を行い、ラファ侵攻を強行すれば、アメリカの対イスラエル政策を転換することにもなると示唆して警告。

アメリカは8日、イスラエルへの一部弾薬の供与を停止していることを明らかにした。

ガザで本格的な戦闘が始まって以降、家を追われた100万人以上のパレスチナ人がラファで避難生活を送っている。その約半分は子供だ。

イスラエルとハマスの7カ月に及ぶ戦争をめぐり、アメリカの政治的影響力の限界はどこにあるのか。

オバマ政権で国家情報会議(NIC)議長を務めたグレゴリー・F・トレバートン南カルフォルニア大学(USC)ドーンサイフ校教授に、ニュースサイト「ザ・カンバセーション」のエイミー・リーバーマンが聞いた。

◇ ◇ ◇


──アメリカの今回の警告は、イスラエルとの外交関係ではよくあることなのか。

前例がなくはない。1973年のイスラエルとアラブ諸国連合の戦争までさかのぼれば、イスラエルに何かしらの不満を募らせたアメリカの大統領や国務長官は何人もいる。

アメリカは当時、ソ連と共同提案した国連安全保障理事会の停戦決議を遵守するように迫ったが、イスラエルはすぐには受け入れなかった。

アメリカの大統領が「こうしろ」と言えば、イスラエルはいつも「まだやらない」と返す。今回も非常に露骨ではあるが、特別なことではない。

同盟国は互いの利害が重なり合っているが、一致しているわけではない。アメリカの歴史には、アメリカが同盟国に望むことを彼らはやらないという例がたくさんある。

私がロンドンの国際戦略研究所(IISS)にいたとき、同盟国と付き合う難しさについて、イスラエルに詳しい優秀な研究者がこう言った──「大国であることが楽だなんて、いったい誰が言ったんだ」。これにはバイデンも共感するだろう。

イスラエルの政治と指導者が極右化するにつれて、ネタニヤフの連立政権内では多くの人が、アメリカやアメリカが望むことなど、どうでもよくなっている。

自身の政治生命を極右勢力に大きく依存しているネタニヤフは、アメリカではなく閣内の極右派の言うことを聞く可能性が高い。

newsweekjp_20240515022840.jpg

イスラエル軍の侵攻開始後にラファから避難するパレスチナ人(5月9日) MOHAMMED SALEMーREUTERS

──実際に、アメリカはイスラエルに対してどのくらい政治的影響力があるのか。

今この段階で、アメリカはイスラエルへの武器供与を疑問視する姿勢を示すべきだろう。アメリカが、ガザ住民の安全を確保せずにこのようなことをしないようにと具体的に伝えた後に、イスラエルはラファに攻め込んだ。

必ずしもレッドライン(越えてはならない一線)を決める必要はないが、今回のイスラエルの決断が、アメリカからの今後の武器供与に影響するという明確な警告が必要だ。

もう1つの問題は、イスラエルが戦後のガザ統治について、最終的にどうするのかという明確な考えをまだ明らかにしていないことだ。彼らはどのように決着をつけるつもりなのか。

一方で、今回の攻撃の激化が、アメリカの国内世論の分断を深めることは間違いない。それはアメリカにとって、戦争を一刻も早くやめさせようとするさらなる理由だろう。

──アメリカが弾薬の供与を一時停止することは、イスラエルの戦時中の行為に影響を与え得るだろうか。

短期的には戦術などに大きな変化はないだろうが、武器の供与が止まれば、長期的には心理的な影響が出てくるだろう。

イスラエルはアメリカの対外援助の最大の相手国であり、第2次大戦以降、どの国よりも多くの米軍の軍事支援を受けてきた。昨年10月7日にイスラム組織ハマスがイスラエルを攻撃してから今年3月初めまでに、アメリカは100回以上にわたって武器を輸送している。

イスラエルは目下、北部でレバノンの過激派組織ヒズボラとの対立がエスカレートするリスクを高めている。ハマスとの紛争を拡大させずに限定することが、イスラエルの利益になるはずなのだが。

──そう考えると、イスラエルはなぜラファ侵攻にこれほどまでにこだわるのか。

イスラエルでは政治的志向に関係なく、ハマス撲滅のためには、ラファに侵攻して終わらせなければならないという意識がある。問題は「終わらせる」という意味が、正確には分からないことだ。

私たち国家安全保障に携わる者の大半は、イスラエルがハマスを完全に根絶することは不可能だと考えている。

昨年10月以前は、ハマスの統治はお粗末で、ガザでは決して支持は高くなかった。しかし、イスラエルの攻撃により、特にヨルダン川西岸でハマスの支持が高まっている。

イスラエルに立ち向かい、アラブ諸国を含む世界が忘れていたパレスチナ人の問題に、再び光を当てたからだ。

ハマス撲滅は、今もあらゆる陣営のイスラエル国民が重視している。だから、ハマス指導者の残党がラファにいると思われるなら、攻撃するしかないと考えるのだ。

──イスラエルがラファに攻め込むことは国家安全保障上、どのような意味を持つか。

より不安定になり、戦争が拡大するリスクが高まる。イランが反応しなくても、ヒズボラなど代理勢力が紛争を深刻化させる可能性がある。アメリカは経験上、代理政府や民兵は必ずしも統制できないことを知っているので、「代理勢力」の呼称には慎重になるべきではある。

しかし、少なくともイランの代理勢力が事態をエスカレートさせる誘因になるだろう。

The Conversation

Gregory F. Treverton, Professor of Practice in International Relations, USC Dornsife College of Letters, Arts and Sciences

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.


20240604issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2024年6月4日号(5月28日発売)は「イラン大統領墜落死の衝撃」特集。強硬派ライシ大統領の突然の死はイスラム神権政治と中東の戦争をこう変える グレン・カール(元CIA工作員)

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

三菱電、25年度のパワー半導体売上高目標を2600

ビジネス

韓国サムスン電子労組、来週初のスト実施を警告 賃上

ビジネス

消費者態度指数5月は2.1ポイント低下、判断「足踏

ビジネス

IMF、24・25年中国GDP予想を上方修正 堅調
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:イラン大統領墜落死の衝撃
特集:イラン大統領墜落死の衝撃
2024年6月 4日号(5/28発売)

強硬派・ライシ大統領の突然の死はイスラム神権政治と中東の戦争をこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    中国海軍「ドローン専用空母」が革命的すぎる...ゲームチェンジャーに?

  • 2

    メキシコに巨大な「緑の渦」が出現、その正体は?

  • 3

    自爆ドローンが、ロシア兵に「突撃」する瞬間映像をウクライナが公開...シャベルで応戦するも避けきれず

  • 4

    ハイマースに次ぐウクライナ軍の強い味方、長射程で…

  • 5

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 6

    プーチンの天然ガス戦略が裏目で売り先が枯渇! 欧…

  • 7

    汎用AIが特化型モデルを不要に=サム・アルトマン氏…

  • 8

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発…

  • 9

    「なぜ彼と結婚したか分かるでしょ?」...メーガン妃…

  • 10

    「天国に一番近い島」で起きた暴動、フランスがニュ…

  • 1

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発」で吹き飛ばされる...ウクライナが動画を公開

  • 2

    自爆ドローンが、ロシア兵に「突撃」する瞬間映像をウクライナが公開...シャベルで応戦するも避けきれず

  • 3

    「なぜ彼と結婚したか分かるでしょ?」...メーガン妃がのろけた「結婚の決め手」とは

  • 4

    ウクライナ悲願のF16がロシアの最新鋭機Su57と対決す…

  • 5

    中国海軍「ドローン専用空母」が革命的すぎる...ゲー…

  • 6

    黒海沿岸、ロシアの大規模製油所から「火柱と黒煙」.…

  • 7

    戦うウクライナという盾がなくなれば第三次大戦は目…

  • 8

    能登群発地震、発生トリガーは大雪? 米MITが解析結…

  • 9

    「天国にいちばん近い島」の暗黒史──なぜニューカレ…

  • 10

    少子化が深刻化しているのは、もしかしてこれも理由?

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 3

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 4

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 5

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 6

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 7

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 8

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発…

  • 9

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中