最新記事
原爆の父

アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と呼んだ...現在も続く科学者「魔女狩り」の悲劇

OPPENHEIMER TRAGEDY

2024年4月12日(金)10時51分
カイ・バード(ジャーナリスト)
アインシュタインに「愚か者」と評されたオッペンハイマーの悲劇...現代も続く「科学者の魔女狩り」の正体とは

原子力委員長として議会の公聴会で核兵器開発の技術面について証言するオッペンハイマー(1947年6月) AP/AFLO

<今も繰り返される科学者への市民の不信感と、科学への政治的な歪曲の歴史を、アカデミー作品賞映画『オッペンハイマー』の基になった伝記の著者がつづる>

ロバート・オッペンハイマーは1954年春、ニュージャージー州のプリンストン高等研究所でアルバート・アインシュタインと出くわした。オッペンハイマーは47年から所長を務めており、アインシュタインは33年にドイツを逃れて以来、研究所の教授職にあった。

「神はサイコロを振らない」と言ったアインシュタインだが、2人は良き友人だった。

オッペンハイマーはアインシュタインに、仕事を数週間休むことになると話した。安全保障に関する嫌疑をかけられ、おそらく国への忠誠心さえ疑われており、ワシントンで開かれる非公開の聴聞会で弁明を余儀なくされていた。

アインシュタインは「魔女狩りの餌食になる義務はない。祖国に尽くしてきたではないか。それが(アメリカの)仕打ちだというなら背を向けるべきだ」と主張した。オッペンハイマーは、背を向けることはできないと反論した。

「彼はアメリカを愛していた」と、オッペンハイマーの秘書で2人の会話を聞いていたバーナ・ホブソンは語っている。「その愛は、彼の科学への愛と同じくらい深かった」

自分のオフィスに戻ったアインシュタインは、オッペンハイマーを見てうなずきながら助手に言った。「頭が固すぎる」──愚か者だ、と。

アインシュタインは正しかった。オッペンハイマーは愚かにも、つるし上げの裁判に自ら飛び込み、セキュリティークリアランス(機密情報にアクセスできる資格)を剝奪され、公の場で屈辱を受けた。嫌疑の根拠は貧弱だったが、原子力委員会のセキュリティー審査委員会の3人の理事は2対1で、オッペンハイマーは忠実な市民ではあるが安全保障上のリスクがあると判断した。

45年に「原子爆弾の父」とたたえられ、その9年後に「赤狩り」の大渦の最も有名な犠牲者になったのだ。

オッペンハイマーは考えが甘かったのかもしれない。だが、告発と闘ったことは正しかった。国を代表する科学者の1人としての影響力をもって、核軍拡競争に反対を表明したことも正しかった。

聴聞会までの数年間、彼は「超」水素爆弾を製造するという国の決定を批判していた。驚くことに、広島の原爆は「事実上、敗北していた敵に使われた」とまで言った。さらに、原爆は「侵略者の兵器であり、奇襲と恐怖は核分裂性核種と同じように原爆に内在している」と警告した。

米政府の国家安全保障体制に関する有力な見解に率直な反対意見を述べたことは、強力な政敵を生んだ。だからこそ忠誠心を問われたのだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

FRB副議長、インフレ低下持続か「判断は尚早」 慎

ワールド

英裁判所、アサンジ被告の不服申し立て認める 米への

ワールド

ICC、ネタニヤフ氏の逮捕状請求 ガザ戦犯容疑 ハ

ワールド

ウクライナ、北東部国境の町の6割を死守 激しい市街
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:スマホ・アプリ健康術
特集:スマホ・アプリ健康術
2024年5月28日号(5/21発売)

健康長寿のカギはスマホとスマートウォッチにあり。アプリで食事・運動・体調を管理する方法

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    米誌映画担当、今年一番気に入った映画のシーンは『悪は存在しない』のあの20分間

  • 2

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の「ロイヤル大変貌」が話題に

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    中国の文化人・エリート層が「自由と文化」を求め日…

  • 5

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された─…

  • 6

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 7

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 8

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 9

    9年前と今で何も変わらない...ゼンデイヤの「卒アル…

  • 10

    「親ロシア派」フィツォ首相の銃撃犯は「親ロシア派…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 3

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 4

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 9

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中