最新記事
米外交

最期まで真のヨーロッパ人だった「米外交の重鎮」...「複雑なリアリスト」キッシンジャーが逝く

THE MASTER OF REALPOLITIK

2023年12月7日(木)14時50分
マイケル・ハーシュ(フォーリン・ポリシー誌コラムニスト)
ヘンリー・キッシンジャー

2015年、北京で開催された「中国開発フォーラム」でのキッシンジャー Jason Lee-REUTERS

<デタントや米中関係改善を実現など、輝かしい外交の実績の一方で「冷血」と批判された男の本質とは? 現実主義を貫いたキッシンジャーの功罪について>

アメリカ史上最も影響力の強い真の政治家(ステーツマン)だったヘンリー・キッシンジャーが11月29日に死去した。100歳だった。

その長く波乱に満ちたキャリアを通じて、アメリカ外交にいくつもの偉大な勝利と、いくつかの最高に悲惨な敗北をもたらした人物である。

キッシンジャーはドイツに生まれ、ナチスの迫害を逃れて15歳でアメリカに渡った。長じては外交を通じて、第2次大戦後の世界秩序の維持・発展に大きく寄与した。

ソ連とのデタント(緊張緩和)を演出して東西冷戦期の安定を維持する一方、1972年にはリチャード・ニクソン大統領の懐刀として共産主義中国との国交正常化に動き、冷戦期の力関係を劇的に変えて見せた。

ニクソン政権で国家安全保障問題担当補佐官と国務長官を歴任。1973年の第4次中東戦争時には、いわゆる「シャトル外交」で和平合意を取り付け、元駐イスラエル大使のマーティン・インダイクに言わせれば「不穏な中東地域にアメリカ主導の新たな秩序を確立し、アラブ・イスラエル間の平和の礎を築いた」。

また、伝記作家ウォルター・アイザックソンはキッシンジャーを、冷戦時代の封じ込め戦略の生みの親とされるジョージ・ケナンと並び立つ「20世紀のアメリカで最高の交渉人」と呼び、「外交に最も影響力のある知恵者」だったと評している。

一方で、とりわけリベラル派からはアメリカの軍事力を駆使して無数の人々を殺した冷血漢と非難された。

ニクソン政権下でカンボジアに対する無差別爆撃を容認し、結果的にクメール・ルージュ(ポル・ポト派)の台頭を許した。ベトナム戦争では和平合意のパリ協定をまとめた功績で1973年にノーベル平和賞を贈られたが、その2年後にサイゴンが陥落し、アメリカは最悪の敗戦を喫している。

同じ73年には、容共派とみられていたチリのサルバドル・アジェンデ大統領に対する軍事クーデターを支持した。また71年には東パキスタン(現バングラデシュ)の分離独立を阻みたいパキスタン軍を支持して違法な武器供与を決定し、結果的にベンガル人の大量虐殺を許した。

米プリンストン大学の政治学者ゲイリー・バスは後に、この決定を「冷戦期における最大の汚点の1つ」と評している。バスの入手した録音テープや文書からは、キッシンジャーが「死にゆくベンガル人」への同情は無用と考えていた節がうかがえる。

【20%オフ】GOHHME 電気毛布 掛け敷き兼用【アマゾン タイムセール】

(※画像をクリックしてアマゾンで詳細を見る)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ドイツ連立与党、国民の不満が過去最高=世論調査

ビジネス

スリランカ向け支援、IMFが2回目の審査承認 経済

ワールド

米大統領選、トランプ氏がバイデン氏を2ポイントリー

ビジネス

焦点:FRB、政治リスク回避か 利下げ「大統領選後
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:姿なき侵略者 中国
特集:姿なき侵略者 中国
2024年6月18日号(6/11発売)

アメリカの「裏庭」カリブ海のリゾート地やニューヨークで影響力工作を拡大する中国の深謀遠慮

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    接近戦で「蜂の巣状態」に...ブラッドレー歩兵戦闘車の猛攻で、ロシア兵が装甲車から「転げ落ちる」瞬間

  • 2

    ニシキヘビの体内に行方不明の女性...「腹を切開するシーン」が公開される インドネシア

  • 3

    毎日1分間「体幹をしぼるだけ」で、脂肪を燃やして「勝手にやせていく体」をつくる方法

  • 4

    早期定年を迎える自衛官「まだまだやれると思ってい…

  • 5

    長距離ドローンがロシア奥深くに「退避」していたSU-…

  • 6

    帰宅した女性が目撃したのは、ヘビが「愛猫」の首を…

  • 7

    【衛星画像】北朝鮮が非武装地帯沿いの森林を切り開…

  • 8

    謎のステルス増税「森林税」がやっぱり道理に合わな…

  • 9

    バイデン放蕩息子の「ウクライナ」「麻薬」「脱税」…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃が妊娠発表後、初めて公の場…

  • 1

    早期定年を迎える自衛官「まだまだやれると思っていた...」55歳退官で年収750万円が200万円に激減の現実

  • 2

    認知症の予防や脳の老化防止に効果的な食材は何か...? 史上最強の抗酸化物質を多く含むあの魚

  • 3

    接近戦で「蜂の巣状態」に...ブラッドレー歩兵戦闘車の猛攻で、ロシア兵が装甲車から「転げ落ちる」瞬間

  • 4

    我先にと逃げ出す兵士たち...ブラッドレー歩兵戦闘車…

  • 5

    カラスは「数を声に出して数えられる」ことが明らか…

  • 6

    「世界最年少の王妃」ブータンのジェツン・ペマ王妃が…

  • 7

    堅い「甲羅」がご自慢のロシア亀戦車...兵士の「うっ…

  • 8

    「クマvsワニ」を川で激撮...衝撃の対決シーンも一瞬…

  • 9

    ニシキヘビの体内に行方不明の女性...「腹を切開する…

  • 10

    毎日1分間「体幹をしぼるだけ」で、脂肪を燃やして「…

  • 1

    ラスベガスで目撃された「宇宙人」の正体とは? 驚愕の映像が話題に

  • 2

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 3

    ウクライナ水上ドローンが、ヘリからの機銃掃射を「回避」してロシア黒海艦隊に突撃する緊迫の瞬間

  • 4

    「世界最年少の王妃」ブータンのジェツン・ペマ王妃が…

  • 5

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 6

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃の「マタニティ姿」が美しす…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発…

  • 9

    早期定年を迎える自衛官「まだまだやれると思ってい…

  • 10

    我先にと逃げ出す兵士たち...ブラッドレー歩兵戦闘車…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中