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世界一幸福な国はSDGsでも達成度1位 フィンランド、気候変動対策へ行政の取り組みは?

2023年10月5日(木)12時00分
岩澤里美(スイス在住ジャーナリスト)

市の主導で地中熱発電を住居に導入 住民が100%暖房自給

フィンランドの自治体は持続可能な交通を促進したり町の清掃を徹底するなど、様々な取り組みを進めている。首都ヘルシンキでは、エネルギー問題を改革しようと市が動き出した。ヘルシンキ市のCO2排出量は、暖房(給湯を含む)が最も多いという。冬が厳しいフィンランドでは、必然的に暖房の使用量が多い。市民の暖房は「地域暖房」と呼ばれる、道路下に張り巡らされた温水パイプのシステムが支えている。

地域暖房の課題の1つは、温水のための燃料だ。現在、半分をまだ石炭が占めており(Origin of district heatのグラフ参照)、市は石炭からグリーンなエネルギー源に切り替える予定だ。

もう1つの課題は、地域暖房の消費を全体的に減らすこと。市は「一般住宅に再生可能エネルギー導入を促し、地域暖房の利用を減らしてもらおう」と考えた。そして2021年、「エネルギー・ルネッサンス」プログラムと名付け、ほぼ全員が技術者というエネルギー専門家10人のチームを結成した(10人とも市の職員)。

チームは、太陽光や地中熱(土地表面に近いところの熱)、建物の排熱などの再生可能エネルギー設備を住居に設置するためのアドバイスを無料で行う。どの再生可能エネルギーが最適かは、条件(建物や地域の状況、資金)によって変わってくる。設置には補助金が支給される。投資額は、だいたいの場合10年~15年で元が取れるそうだ。

チームのメンバー、エンマ・ベルグ(サービス・デザイナー兼エネルギー専門家)さんによると、地中熱発電の人気はうなぎ上りだという。これまでに600の住民協会(アパートやマンションの居住者たちで結成する自治会)から相談を受け付けた。一軒家所有者や住宅管理会社も相談に来る。地中熱暖房に移行したある住民協会長は、「少ない購入エネルギーで十分な暖房が得られる」と話す。

finland_apartment.jpg

自分たちで、分譲マンションに地中熱発電を設置した居住者たち。地中熱発電の設備(10本のパイプで地下300mから温水――地中の熱をくみ上げている)も見せてもらった。地中熱発電のみの費用は30万ユーロ(約4700万円)で、3分の1は補助金でまかなった。

筆者は、市内で地中熱発電を使い始めたばかりの、築50数年の大型分譲マンションを訪問し、住民協会長と副会長にも会えた。チームに支援してもらいながら、最適な再生可能エネルギーの選択の段階から皆でじっくり検討を重ね、2021年秋に地中熱発電の導入を決定した。地中熱発電以外にも工事が必要だったため、総工費は350万ユーロ(うち地中熱発電のみの費用は30万ユーロ)となった。マンションの保有面積によって各世帯の支払い分を決めた。

finland_geoheat.jpg

「地中の熱をくみ上げるパイプが、ここに埋まっている」という表示が、マンションの随所に付いている。

このマンションの住民は、これから、地中熱発電で2年目の冬を迎える。 環境面だけではなく、(戦争の影響で)公的なエネルギーの価格上昇を心配しなくていいという点でも、建物の価値が上がって自分たちの資産になる点でも、導入したメリットは大きい。

100%自給の「自分たちのエネルギー」を実現したことに、住民の多くが非常に満足している様子がとても印象的だった。


s-iwasawa01.jpg[執筆者]
岩澤里美
スイス在住ジャーナリスト。上智大学で修士号取得(教育学)後、教育・心理系雑誌の編集に携わる。イギリスの大学院博士課程留学を経て2001年よりチューリヒ(ドイツ語圏)へ。共同通信の通信員として従事したのち、フリーランスで執筆を開始。スイスを中心にヨーロッパ各地での取材も続けている。得意分野は社会現象、ユニークな新ビジネス、文化で、執筆多数。数々のニュース系サイトほか、JAL国際線ファーストクラス機内誌『AGORA』、季刊『環境ビジネス』など雑誌にも寄稿。東京都認定のNPO 法人「在外ジャーナリスト協会(Global Press)」監事として、世界に住む日本人フリーランスジャーナリスト・ライターを支援している。www.satomi-iwasawa.com


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