最新記事

BOOKS

「お料理の高校生」にも読んでほしい、20代ライターの『死にそうだけど生きてます』

2022年10月31日(月)12時10分
印南敦史(作家、書評家)
日本人女性

写真はイメージです west-iStock.

<父が母を殴る、制服を買うお金がない、1円の参考書で受験勉強......。ネットで注目を浴びた、地方の貧困家庭で育った女性の半生。だが彼女の本には不思議な読後感もある>

少し前だが、「お料理の高校生」というYouTuberが話題になったことがあった。父子家庭で暮らし、「お料理の中学生」時代からお金をやりくりして自炊を続けてきた子である。父親と仲睦まじく生きる姿が素敵で、私も好きだったのだが、あるとき予想もしていなかったことが起きた。

「実は幼い頃から父親の虐待を受けており、動画の内容にも演出が含まれていた」とカミングアウトしたのだ。「あの『お料理の高校生』は虐待されていた!」と、ネットでも反響を呼んだ。

結果、「この家にいたら殺される」と思ったため自ら児童相談所に連絡し、16歳で家を出たというが、その後YouTubeチャンネルも閉鎖され、今どうしているのか分からずじまいだ。

それからずっと気になっているのだが、そんな"まさかの展開"は「可視化されないだけで、こういう子は他にもたくさんいるのだろうな」という思いにつながっていった。

自分には何もできないことがもどかしくもあるのだが、だからこそこの本――『死にそうだけど生きてます』(ヒオカ・著、CCCメディアハウス)に強く感じるものがある。

著者は、地方の貧困家庭で育ったという1995年生まれのライター。noteで公開した自身の体験談が注目を浴び、それが本書の刊行につながったようだ。

「明日はお父さんが、お母さんを殴りませんように」


 まだ子どもだった頃、私にとって育った村は逃げられない檻だった。絶え間のない暴力と、際限のない貧困を閉じ込める檻。

 幼い頃の記憶は、いつも父の暴力とともにある。

 檻のなかの十八年間は、熱せられた板の上で弱々しく踊る灰のようだった。板の下には燃えさかる炎があって、迫る灼熱に、なす術もなく身を預け、堪え忍ぶ。(12ページより)

父母と姉との4人で暮らしていた著者にとって、激昂する父親の姿は"日常"だった。正当な理由もなく母親が殴られる姿を見せられながら育ち、子どもである自身が殴られることはなかったものの、ことあるごとに感情に任せて怒鳴りつけられていたという。


 保育園に通っていた頃は、毎日迎えに来てくれた。機嫌のいい時は公園に連れていってくれたりもして、一見普通の父親のようだった。しかし一度キレると人格が変わり、手が付けられなくなる。(中略)
 いつも父の顔色をうかがい、怒鳴りはじめたらおさまるのを待つ。
 何度も神様に祈った。
「明日はお父さんが、お母さんを殴りませんように」
 でもその祈りは届かなかった。(13ページより)

小学校に上がってから引っ越したのは、市街地から離れた過疎地の県営団地。同じ小学校に通ってはいても、団地に住む子とそれ以外の家に住む子との間に見えない線が引かれていることを感じていた。つまり団地には、最貧困層が集っていたということだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国デジタル人民元、香港の商店でも使用可能に

ワールド

香港GDP、第1四半期は2.7%増 観光やイベント

ワールド

西側諸国、イスラエルに書簡 ガザでの国際法順守求め

ワールド

プーチン氏「ハリコフ制圧は計画にない」、軍事作戦は
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、さらに深まる

  • 4

    羽田空港衝突事故で「日航の奇跡」を可能にした、奇…

  • 5

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 6

    老化した脳、わずか半年の有酸素運動で若返る=「脳…

  • 7

    アメリカはどうでもよい...弾薬の供与停止も「進撃の…

  • 8

    共同親権法制を実施するうえでの2つの留意点

  • 9

    日鉄のUSスチール買収、米が承認の可能性「ゼロ」─…

  • 10

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中