イラクの政情が不安定化し、シーア派内戦の危険性が高まっているのはなぜか
Giving Iraq to Iran
親イラン政党の首相指名に反対する、シーア派宗教指導者ムクタダ・アル・サドルの支持者たち(バグダッドのグリーンゾーン近く、8月30日)
<昨年10月の選挙でイラク人は隣国イランの影響力拡大にノーを突き付けたが、あれから状況は大きく変わった。バイデン米政権がイラクを見捨てたのは明らかだ>
中東は、私が政権を引き継いだときよりもずっと安定して安全になっている──。ジョー・バイデン米大統領がワシントン・ポスト紙への寄稿でそう主張したのは7月9日のことだ。
その例として、バイデンはいくつかの国と共にイラクを挙げた。
そうだろうか。確かに、アメリカの軍や大使館の関係者を標的とする攻撃は減ったが、それだけでイラクという国が「安定して安全」だと言えるのか。
むしろ現在のイラクは、バイデン政権が発足した2021年1月よりもずっと不安定だし、そこでのアメリカの国益はもっと脅かされているようにみえる。
イラクの状況は、この1年足らずで大きく変わった。昨年10月の議会選(一院制、329議席)で、有権者は隣国イランの影響力拡大にノーを突き付けた。
ところが現在の政局は、再び親イラン派勢力が優位にあり、イラクの民主主義はこれまでになく脅かされている。国内の多数派(世界的には少数派)であるイスラム教シーア派の内部対立が、暴力的な衝突に発展する可能性さえ出てきた。
こんな状況は避けられたはずだ。
昨年の選挙で、親イラン(シーア派)武装組織である人民動員隊(PMF)を母体に持つ政党「ファタハ連合」は、改選前より31も議席を減らす一方で、アメリカにもイランにも指図されないイラクの実現を訴えたムクタダ・アル・サドルの政党連合が最大の議席を維持した。
サドルはシーア派の宗教指導者だが、大衆迎合的で、その政治姿勢は一貫性がない。2003年の米軍のイラク侵攻後は、シーア派民兵組織マハディ軍の指導者として米軍を攻撃し、米軍に殺されかけた。
だが最近は、愛国主義的主張を展開し、反腐敗活動家を自任するとともに、アメリカの外交官や軍人を攻撃するPMFの批判に力を入れていた。
裏で操るマリキ元首相
そんなサドルが権力を握れば、自らを最高指導者とするイラン型の神権政治を導入しないとも限らない。
だが、少なくとも昨年の選挙直後は、サドルは親イラン勢力を排除する一方で、シーア派とスンニ派とクルド人(主にスンニ派)による大連立を樹立するかにみえた。そうすればイラクの主権を強化し、腐敗の一掃に一定の道筋をつけられたかもしれない。
だが結局、そんな大連立政権は実現しなかった。親イラン勢力の妨害に遭ったためだ。
PMF系武装組織は政権を転覆すると繰り返し脅し、実際にムスタファ・カディミ首相の暗殺を図り(未遂に終わった)、クルド人自治区をロケット弾やドローンで攻撃し、モハメド・ハルブシ国会議長の自宅を爆撃したとされる。