最新記事

中国

中国で相次ぐ取り付け騒ぎは国有銀行にも及ぶ構造問題

China’s Village Bank Collapses Could Cause Dangerous Contagion

2022年7月28日(木)20時05分
劉宗媛(外交問題評議会・国際政治経済フェロー)

中小銀行は中国の金融システムの最も脆弱な部分だ。主要な構造的問題の1つは、資金調達手段が限られていること。中小銀行は利益率が低いため、内部で資金を生み出すことができない。規模が小さく信用も低いため、新規株式公開(IPO)などで外部から資金調達することも望めない。同業他社と生き残りを競う中小銀行にとって、唯一の頼みの綱はフィンテック企業が運営するネット金融のプラットフォームだ。ネット金融は、当局の認可を受けずに行え、規制にも縛られずに済む。

ネット金融は、高い利率を競ったり詐欺まがいの宣伝でしばしば問題になっているが、中小銀行にとっては唯一頼れる資金調達方法だ。ネット上なら地元だけでなく中国全土の顧客を相手に預金商品を売り込める。2020年には中国の89の商業銀行(うち84は中小銀行)が第三者の運営するプラットフォームを通じて、前年比127%増に当たる総額5500億元(810億ドル)の預金を獲得した。

銀行は通常、資金が不足すれば銀行間取引の場であるコール市場で借り入れるが、今では多くの中小銀行がネット金融で資金をかき集めて不足分を補っている。人民銀行の調査によると、一部のリスクの高い零細銀行では、ネットで地元以外の顧客から獲得した預金が全体の70%に達し、コール市場での借り入れの割合は30%からわずか3.2%にまで低下しているという。

金融当局と人民銀行は2021年1月、潜在的なリスクの増大と金融システム全体への混乱の広がりを懸念して、商業銀行がネットで預金を集めることを禁止する通告を出した。これによって多くの中小銀行は資金調達手段を失った。この時点で、ネット金融の預金残高は1兆元から2兆元に上るとみられていた。

貧困層の不満が噴出?

90兆元(13兆ドル)に上る中国の家計の預金残高に比べれば、この数字は微々たるものだが、それ以上に中国当局が恐れたのは金融システムの混乱が社会の混乱に直結する事態だ。新たな規制に関する記者会見で、当局者は「銀行預金は金融サービスの最も基本的な形態であり、とりわけ厳格な監督が必要だ」と述べた。

村鎮銀行との関連で言えば、中国の農村部の多くは今なお非常に貧しく、少額の預金でも、引き出せなくなれば人々はたちまち困窮する。当局が神経を尖らしているのは、その結果、貧困層の不満が一気に噴出する事態だ。

加えて、経済全体に及ぼす影響も深刻になりかねない。債務頼みで成長を続けてきた中国経済は、反動でいま資金調達コストの上昇に苦しんでいる。ネット上から既存の金融システムまで信用不安が広がれば、借り入れ金利はさらに上がりかねない。

中小銀行がネット上で繰り広げる生き残りを懸けた預金獲得競争は、資金調達コストを引き上げ、利益率を低下させている。高品質の金融商品やよりよい顧客サービスを競うのではなく、手数料を下げ、金利を上げることで、さらに経営を悪化させている。

2021年1月に規制が強化されるまで、ネット上では利率の高い準に預金商品が表示されていたため、各銀行は預金利率を極限まで引き上げざるを得なかった。中には利払いの頻度を増やしたり、キャッシュバックや商品券などのサービスを提示する銀行もあった。

顧客に好条件を提示する一方で、各銀行はプラットフォーム側に毎月または四半期毎に、1日あたりの平均預金残高の約0.2~0.3%を手数料として支払わなければならない。またプラットフォーム上でより目につきやすい場所に表示してもらうためには、さらに高額の料金を支払わなければならなかった。これらの奨励策により資金調達コストは跳ね上がり、中小銀行の競争はどんどん悪循環に陥っていった。

資金調達コストが急増したことで、中小銀行は利益を出すために、よりリスクの高い活動に手を出さざるを得なくなった。たとえば信用リスクの高い企業に高利で長期の貸し出しをするなどだ。もし企業が倒産すれば資金は回収できなくなり、小規模の銀行では取り付けも起きやすい。

開く一方の超短金利差

2021年の規制強化前には、小規模銀行はオンライン預金商品について最低預入金額を50元(約7ドル)に設定し、いつでも引き出し可能にしていた。このような柔軟な条件を可能にするために、小規模銀行は超短期の資金調達にも頼ることになり、引き出し需要の予期せぬ変化のリスクに絶えずさらされることになった。

オンライン預金商品の破たんがきっかけで金融危機が波及するリスクは、決して誇張ではない。小規模銀行は特定の地域での営業認可を取得しているものの、国内全域からのオンライン預金を受け付け(中国の規制当局はこれを禁止しているが)、事実上は全国規模の銀行となっている。流動性が不足する中では、1つの小規模銀行で発生した問題が全国の顧客に直接的な影響を及ぼし、全国的なパニックを引き起こすリスクが高くなる。

さらに、中小銀行が提供していた高金利のオンライン預金商品は、中国の銀行制度を支配する大手商業銀行にとっても金利引き上げの圧力となり、その影響で中国の各企業(多くが国有企業と民間企業)の借り入れコストが上昇した。国有企業は、中国のGDPに占める割合は3割に満たない一方で、銀行融資に占める割合は5割を超えており、社債市場に占める割合は約9割に達している。国有企業と民間企業の資金調達コストが高騰すれば、パンデミックで打撃を受けた経済を刺激するための、中国政府の景気対策に悪影響が及ぶことになる。中国の規制当局がオンライン預金を禁止したいより重要な理由は、国有企業の資金調達コストを引き下げることかもしれない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ユーロ圏総合PMI、4月も50超え1年ぶり高水準 

ビジネス

独サービスPMI、4月53.2に上昇 受注好調で6

ワールド

ロシア、軍事演習で戦術核兵器の使用練習へ 西側の挑

ワールド

サウジ6月原油販売価格、大半の地域で上昇 アジア5
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが...... 今も厳しい差別、雇用許可制20年目の韓国

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    翼が生えた「天使」のような形に、トゲだらけの体表...奇妙な姿の超希少カスザメを発見、100年ぶり研究再開

  • 4

    こ、この顔は...コートニー・カーダシアンの息子、元…

  • 5

    ウクライナがモスクワの空港で「放火」工作を実行す…

  • 6

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    単独取材:岸田首相、本誌に語ったGDP「4位転落」日…

  • 9

    マフィアに狙われたオランダ王女が「スペイン極秘留…

  • 10

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 5

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 6

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 9

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 10

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中