最新記事

BOOKS

殺人犯に「引き寄せられる」人がいる──妥協のない取材から浮かび上がる現実

2022年3月24日(木)18時15分
印南敦史(作家、書評家)
『ルポ 座間9人殺害事件――被害者はなぜ引き寄せられたのか』

Newsweek Japan

<世間に衝撃を与えた「座間9人殺害事件」。その根底には被害者側の希死念慮があり、彼らと同じような思いを抱く人は今も存在している>

『ルポ 座間9人殺害事件――被害者はなぜ引き寄せられたのか』(渋井哲也・著、光文社新書)は、少なからず精神にこたえる一冊だ。

焦点が当てられているのは、2017年10月に神奈川県座間市のアパートで男女9人の遺体が見つかった「座間9人殺害事件」。長きにわたって「若者の生きづらさ」をテーマに取材を続けてきた著者の取材姿勢に妥協がないだけに、事件の、そして死刑が確定した犯人の白石隆浩の異常性がリアルに浮かび上がってくる。

だから読み進めるほど気持ちは重たくなってくるが、克明な描写にのみ目を向けていたのでは、著者の意図する本質を見逃してしまうことになるかもしれない。

では、その本質とはなにか? それは、書名のサブタイトルにある「被害者はなぜ引き寄せられたのか」という部分にある。


「死にたい」気持ちをネットに発信する人は、話を聞いてもらいたい心情に駆られている。だからこそ、実際に会うことは難しくなく、一部のネットナンパ師はその心情につけ込む。さらには、相手の「死にたい」という気持ちを、自らの手で叶えようとする殺人犯が、接触を試みることすらある。(「はじめに」より)

事件の根底には、被害者側の希死念慮(死にたいと願う感情)があった。現に、被害者たちと同じような思いを抱く人もいるのだ。そのことは、事件が発覚してから約1カ月後に著者がTwitterを通じて呼びかけたというアンケートに対するリアクションにも明らかだ。

希死念慮をSNSでつぶやく理由を聞いた際、「座間事件で思ったことは?」という最後の質問に対して以下のような回答が返ってきたというのである。


・1人で死ねない奴が付け込まれた事件が起きたと思った。
・犯人は気持ち悪い。犯人の考えていることが想像できない。
・殺されるくらいなら自分で死にたいな。
・殺された人の代わりに死にたかった。
・私が代わりになれていたら、ご本人やご遺族が恐い思いをしたり、悲しむこともなかったと思った。
・私も10人目として遺体で発見されたかった。
・10人目になりたかった。
・私も死にたいと思った。(188〜189ページより)

アンケートの母数自体は少ないとはいえ、52人のうち24人が、被害者になることを望むような回答をしてきたという事実は注目に値する。

なお、この結果に驚いた著者は次いで、実際に白石とDMのやりとりをしたことのある直美(仮名、21歳)という女性にもコンタクトを取り、白石とどんなやり取りをしたのか、なぜ死にたいと思うかなどを聞いている。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

プーチン氏、15日にトルコで直接協議提案 ゼレンス

ビジネス

ECBは利下げ停止すべきとシュナーベル氏、インフレ

ビジネス

FRB、関税の影響が明確になるまで利下げにコミット

ワールド

インドとパキスタン、停戦合意から一夜明け小康 トラ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    心臓専門医が「絶対に食べない」と断言する「10の食品」とは?...理想は「1825年の食事」
  • 2
    SNSにはトップレス姿も...ヘイリー・ビーバー、ノーパンツルックで美脚解放も「普段着」「手抜き」と酷評
  • 3
    ロシア機「Su-30」が一瞬で塵に...海上ドローンで戦闘機を撃墜する「世界初」の映像をウクライナが公開
  • 4
    5月の満月が「フラワームーン」と呼ばれる理由とは?
  • 5
    シャーロット王女の「親指グッ」が話題に...弟ルイ王…
  • 6
    指に痛みが...皮膚を破って「異物」が出てきた様子を…
  • 7
    健康は「何を食べないか」次第...寿命を延ばす「5つ…
  • 8
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    「股間に顔」BLACKPINKリサ、ノーパンツルックで妖艶…
  • 1
    心臓専門医が「絶対に食べない」と断言する「10の食品」とは?...理想は「1825年の食事」
  • 2
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの運動」とは?
  • 3
    健康は「何を食べないか」次第...寿命を延ばす「5つの指針」とは?
  • 4
    部下に助言した時、返事が「分かりました」なら失敗…
  • 5
    【クイズ】世界で2番目に「軍事費」が高い国は?...1…
  • 6
    5月の満月が「フラワームーン」と呼ばれる理由とは?
  • 7
    SNSにはトップレス姿も...ヘイリー・ビーバー、ノー…
  • 8
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得…
  • 9
    シャーロット王女とスペイン・レオノール王女は「どち…
  • 10
    ロシア機「Su-30」が一瞬で塵に...海上ドローンで戦…
  • 1
    心臓専門医が「絶対に食べない」と断言する「10の食品」とは?...理想は「1825年の食事」
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの…
  • 5
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 6
    健康は「何を食べないか」次第...寿命を延ばす「5つ…
  • 7
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得…
  • 8
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中