最新記事

移民政策

外国人受け入れの是非は、経済的利益だけで計算できるほど単純ではない

AMERICA’S IMMIGRATION CALCULUS

2021年5月19日(水)17時42分
浜田宏一(元内閣官房参与、米エール大学名誉教授)
新たにアメリカ市民になった人々の帰化の式典

新たにアメリカ市民になった人々が帰化の式典で国歌を歌う Shannon StapletonーREUTERS

<移民の労働力によって多大な恩恵を受けているアメリカでも、外国人の受け入れは大統領を悩ませる難題>

ドナルド・トランプの2016年の大統領選勝利のニュースが流れる頃、明石康元国連事務次長に東京・赤坂近辺でのランチに招待していただいた。「今後10~20年の間にアメリカの人口動態が変わり、そのため非白人の声を軽視することは不可能になる」、そして「この選挙は白人にとって、その潮流にあらがう最後のチャンスになるかもしれない」と、明石氏から説明を受けた。

アメリカはもちろん、移民の国だ。19年現在で、アメリカの労働人口1億6350万人のうち2840万人、つまり17%が外国生まれだ。これらの移民たちは、出生率の低下による労働力不足や熟練労働者の不足に対処する上で役立っている。彼らはまた、アメリカの人的資本を多様化することで労働市場に刺激も与えている。

高い移民比率は、アメリカのGDP成長率がたいてい日本を上回る理由を説明する上でも役立つ。確かに、移民は文化や言語、先住の人々との融和などの観点で社会的な問題を生じさせ得る。だが、移民の厳しい制限は、アメリカの伝統的な繁栄の源を絶ち、経済成長の将来性に打撃を与える。

資本流入などの国際的な(経済)要因と同様に、移民は労働者を豊富で廉価な労働市場から、人手不足かつ高賃金の労働市場へと移動させる。つまり労働力を効率的に機能させるための再配置は、国民総所得の増大に貢献する。一般的には、労働力の輸出国も輸入国も概して利益を享受できる。

移民を歓迎しつつ規制もしてきた

しかし、労働力の輸入国において全ての人口集団が移民から利益を得るわけではない。例えば、似たような職を持つ移民と直接的な競争に直面する、比較的いい所得を得ているアメリカ人労働者は失業しやすい。アメリカの生活水準は世界一で、国民1人当たりの所得はメキシコの3倍以上になる。もしアメリカがメキシコから無制限の移民を受け入れれば、メキシコ国境付近の賃金水準はメキシコ並みにまで下がるだろう。

そのため国全体としての利益を享受しても、移民と競合することになるアメリカ人は移民規制の緩和に反対しがちだ。だからこそ、アメリカの政策立案者には単なる移民の経済学的計算を超えた考えや、政治的配慮が求められる。

アメリカの政権は伝統的に移民を歓迎する政策を取ってきた一方で、過剰な流入を防ぐための規制措置も行ってきた。過去には露骨に移民に対して差別的な法律もあったが、それでも連邦政府は流入のバランスを保ってきた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ホンダ、電動化とソフトへ投資倍増 30年度までに1

ワールド

中国、生産能力過剰論に反論 米欧の「露骨な貿易保護

ワールド

ウクライナが米欧を戦争に巻き込む恐れ、プーチン氏側

ビジネス

商業用不動産、ユーロ圏金融システムの弱点=ECB金
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 2

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史も「韻」を踏む

  • 3

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダブルの「大合唱」

  • 4

    羽田空港衝突事故で「日航の奇跡」を可能にした、奇…

  • 5

    マーク・ザッカーバーグ氏インタビュー「なぜAIを無…

  • 6

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 7

    それでもインドは中国に勝てない...国内企業の投資意…

  • 8

    総額100万円ほどの負担増...国民年金の納付「5年延長…

  • 9

    老化した脳、わずか半年の有酸素運動で若返る=「脳…

  • 10

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 7

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中