最新記事

シリア

シリアの希望はそれでも死なず──民主化を夢見たアラブの春から10年

The Arab Spring Let the People Shout, Not Whisper

2020年12月25日(金)16時15分
オマル・アルショグレ(人権活動家・シリア難民)

チュニジアでベンアリ大統領が退陣した後も市民は抗議の声を上げ続けた(2011年1月) FINBARR O'REILLY-REUTERS

<内戦とテロの嵐が吹き荒れ、腐敗体質と独裁が復活──大量の難民が発生したが自由を求める戦いは終わらない>

小学5年生のときだった。学校当局の指示で授業を早めに切り上げ、シリアのバシャル・アサド大統領をたたえる歌を歌いながら首都ダマスカスの通りを行進することになった。この日の集会には大統領その人も姿を見せた。

長い行事が終わり、家に帰ると、私は興奮気味に父に話した。「大統領はね、サルみたいに耳がでかかったよ!」

軍の将校だった父は笑うどころか、私に平手打ちを食らわせた。このとき父に言われたことは一生忘れないだろう。「壁、窓、ドア。あらゆる場所に耳がある。大統領やその周りの人たちについて、おまえが何か言えば、彼らは必ず聞いている。ひそひそ声だって聞き漏らさない」

独裁制とはどんなものか。私は10歳で思い知らされた。

それから5年後、2010年12月17日にそんな恐怖支配が揺らぎ始めた。

チュニジアの町で露天商の26歳の青年が警官に無許可販売をとがめられ、彼にとって唯一の収入源である売り物の野菜を押収されたことに絶望し、焼死自殺を遂げた。

このニュースにアラブ中が目を覚ました。もう黙ってはいられない。

青年の名はモハメド・ブアジジ。自由を求める戦いに命をささげた戦士の1人として、その名は人々の記憶に刻まれることになる。

アラブ世界の独裁者を倒すことなど不可能だと思われていた時代に、チュニジアの人々は通りに繰り出し、ついにはジン・アビディン・ベンアリ大統領を退陣させた。23年間支配してきたベンアリの政権がわずか28日間のデモで倒れたのだ。しかもそれはおおむね非暴力のデモだった。

チュニジアの人々が自由を求めて立ち上がったとき、世界史の新たな1章が幕を開けた。「アラブの春」という章である。チュニジアに続いて、リビア、エジプト、イエメンでも人々は声を上げ始めた。

私は家族と一緒にテレビのニュースで、エジプトの人々が民主化を求めて広場を埋め尽くす場面を見た。父は私にささやいた。「こんなすごいデモがシリアでも起きるだろうか」。父も興奮していたが、大声を出すのははばかられた。壁には耳があるから......。

民主化のうねりはついにシリアにも波及した。きっかけは通りに面した壁に「ドクター、今度はあんたの番だ」と落書きして、少年15人が逮捕された事件だ。アサドは眼科医の資格を持つから、これは反アサドのメッセージだと解釈された。少年たちは連行され、残酷な拷問を受けた。少年の1人、13歳のハムザ・アリ・アル・ハティーブは治安警察に殺害され、無残な遺体となって家族の元に送り返された。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

中国の長期国債、投資家はリスクに留意すべき=人民銀

ビジネス

中国4月鉱工業生産、予想以上に加速 小売売上高は減

ワールド

シンガポール非石油輸出、4月は前年比-9.3% 米

ビジネス

アングル:ウォルマートの強気業績見通し、米消費の底
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    羽田空港衝突事故で「日航の奇跡」を可能にした、奇跡とは程遠い偉業

  • 4

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、…

  • 5

    老化した脳、わずか半年の有酸素運動で若返る=「脳…

  • 6

    アメリカはどうでもよい...弾薬の供与停止も「進撃の…

  • 7

    共同親権法制を実施するうえでの2つの留意点

  • 8

    半分しか当たらない北朝鮮ミサイル、ロシアに供与と…

  • 9

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 10

    総額100万円ほどの負担増...国民年金の納付「5年延長…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 7

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中