最新記事

アメリカ大統領選 中国工作秘録

中国への頭脳流出は締め付けを強化しても止められない......「千人計画」の知られざる真実

A THOUSAND HEADACHES

2020年11月19日(木)17時45分
ミンシン・ペイ(本誌コラムニスト、クレアモント・マッケンナ大学教授)

米中はアメリカを拠点とする優秀な中国系研究者の争奪戦を展開 XINHUA/AFLO

<中国がカネに飽かせて進める人材招致を必要以上に敵視すると、アメリカは優秀な人材を失うことに──。本誌「アメリカ大統領選 中国工作秘録」特集より>

先端技術開発で各国が激しい競争を繰り広げる今、イノベーションの才能がある科学者、技術者、研究者の育成と確保に一国の命運が懸かっていると言っても過言ではない。
20201110issue_cover200.jpg
中国はそれを痛感している。14億の人口を抱えるこの国は教育・研究に莫大な予算を投じてきたが、最先端の技術開発では今も大半の先進国に後れを取っている。

その証拠に中国本土で研究を行い、ノーベル賞を受賞した科学者はマラリアの治療に道を開いた屠呦呦(トウー・ヨウヨウ)だけだ。中国には世界のトップレベルの大学や研究機関は片手で数えられるほどしかない。航空、半導体、バイオテクノロジーといった重要分野では中国は今もアメリカや日本など先発組の後塵を拝している。

人材不足を補う手っ取り早い方策として中国政府が打ち出したのは国外にいる中国系の人材を呼び戻す計画だ。中国教育省によると、1979年から2018年までに600万人近い中国人が外国の大学・大学院に留学した。行く先は主に欧米諸国で、9割は自費留学だが、中国に戻ってきた人は370万人にすぎない。

外国に留学した人の4割近くが帰ってこないとなると、深刻な「頭脳流出」だ。まずはこれに対処しようと、中国政府は2008年に共産党中央組織部の部長だった李源潮(リー・ユアンチヤオ)をトップに据え、人材確保計画をスタートさせた。これが今や悪名をとどろかせている「千人計画」だ。当初の趣旨は留学先で博士号を取得した後も外国にとどまり、研究職に就いている中国人を呼び戻すことだった。

公式には共産党の中央組織部と政府の人事社会保障省の管轄下にあったこの計画は、2013年に李が国家副主席になり、現場を退いた後も拡大を続けた。人事社会保障省によれば、2017年時点で7000人超の研究者がこの計画に参加。その大半が中国系だ。これ以外に約5万4000人の優秀な人材がさまざまな別のプログラムを通じて中国に招致された(これらのプログラムは権威でも資金力でも「千人計画」に劣る)。

中国政府が資金を提供している「千人計画」は短期・長期のプロジェクトのために科学技術分野の中堅と若手の人材を招致するプログラムで、前述のように当初のターゲットは中国系だったが、計画の拡大に伴い外国人も招致されるようになった。招致枠は4つある。長期と短期のプロジェクトの参加者、外国人の専門家、それに若手の有望株だ。

計画の具体的な成果は不明

応募資格は、55歳未満で外国のトップレベルの大学か研究機関の常勤および上級職、またはそれに準じるポストに就いていること。長期プロジェクトの参加者は3年以上中国で常勤職に就くことになり、短期プロジェクトの参加者は年間に2カ月以上中国に滞在しなければならない。外国人の場合も条件はほぼ同じだが、長期の場合、最低3年間は1年のうち9カ月以上中国で常勤職に就くことが義務付けられる。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

凍結資産活用は「窃盗」、どの国にも西側制裁リスクと

ワールド

西側の安全保障モデル崩壊、プーチン氏「協力して新シ

ビジネス

中国新規銀行融資、4月は予想を大幅に下回る M2伸

ワールド

仏総選挙、極右勝利なら金融危機も 財務相が警告
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:姿なき侵略者 中国
特集:姿なき侵略者 中国
2024年6月18日号(6/11発売)

アメリカの「裏庭」カリブ海のリゾート地やニューヨークで影響力工作を拡大する中国の深謀遠慮

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ニシキヘビの体内に行方不明の女性...「腹を切開するシーン」が公開される インドネシア

  • 2

    米フロリダ州で「サメの襲撃が相次ぎ」15歳少女ら3名が海水浴中に手足を失う重症【衝撃現場の動画付き】

  • 3

    接近戦で「蜂の巣状態」に...ブラッドレー歩兵戦闘車の猛攻で、ロシア兵が装甲車から「転げ落ちる」瞬間

  • 4

    カカオに新たな可能性、血糖値の上昇を抑える「チョ…

  • 5

    毎日1分間「体幹をしぼるだけ」で、脂肪を燃やして「…

  • 6

    帰宅した女性が目撃したのは、ヘビが「愛猫」の首を…

  • 7

    国立新美術館『CLAMP展』 入場チケット5組10名様プレ…

  • 8

    ジブリの魔法はロンドンでも健在、舞台版『千と千尋…

  • 9

    「これが野生だ...」ワニがサメを捕食...カメラがと…

  • 10

    長距離ドローンがロシア奥深くに「退避」していたSU-…

  • 1

    ニシキヘビの体内に行方不明の女性...「腹を切開するシーン」が公開される インドネシア

  • 2

    接近戦で「蜂の巣状態」に...ブラッドレー歩兵戦闘車の猛攻で、ロシア兵が装甲車から「転げ落ちる」瞬間

  • 3

    早期定年を迎える自衛官「まだまだやれると思っていた...」55歳退官で年収750万円が200万円に激減の現実

  • 4

    認知症の予防や脳の老化防止に効果的な食材は何か...…

  • 5

    毎日1分間「体幹をしぼるだけ」で、脂肪を燃やして「…

  • 6

    堅い「甲羅」がご自慢のロシア亀戦車...兵士の「うっ…

  • 7

    米フロリダ州で「サメの襲撃が相次ぎ」15歳少女ら3名…

  • 8

    カラスは「数を声に出して数えられる」ことが明らか…

  • 9

    「クマvsワニ」を川で激撮...衝撃の対決シーンも一瞬…

  • 10

    カカオに新たな可能性、血糖値の上昇を抑える「チョ…

  • 1

    ラスベガスで目撃された「宇宙人」の正体とは? 驚愕の映像が話題に

  • 2

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 3

    ウクライナ水上ドローンが、ヘリからの機銃掃射を「回避」してロシア黒海艦隊に突撃する緊迫の瞬間

  • 4

    「世界最年少の王妃」ブータンのジェツン・ペマ王妃が…

  • 5

    ニシキヘビの体内に行方不明の女性...「腹を切開する…

  • 6

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 7

    接近戦で「蜂の巣状態」に...ブラッドレー歩兵戦闘車…

  • 8

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃の「マタニティ姿」が美しす…

  • 9

    早期定年を迎える自衛官「まだまだやれると思ってい…

  • 10

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中