最新記事

中東情勢

「歴史的」国交正常化の波に乗れないサウジの事情

For Saudi Arabia, Recognizing Israel Is Too Great a Risk

2020年8月17日(月)18時30分
デービッド・ブレナン

2018年3月、ホワイトハウスで会談したドナルド・トランプ米大統領とサウジアラビアのムハンマド皇太子Jonathan Ernst-REUTERS

<本音ではイスラエルと手を組みたい理由が山ほどあるが、「イスラム教徒の擁護者」の地位をかなぐり捨てるにはリスクが伴う>

アラブ首長国連邦(UAE)とイスラエルの国交正常化はある程度予想されていたこととは言え、アラブ・イスラエル関係における新時代の到来を告げる出来事だった。これにより、アラブ諸国とイスラエルはパレスチナ問題よりも経済発展やイラン封じ込めを優先し、協力関係を強化していくという長期的なトレンドは固まったと言える。

イスラエルとUAEの国交正常化に対する期待は以前からあったが、今回、アメリカのトランプ政権が仲介して実現した。今後、他の湾岸諸国もドミノ倒し的にかつての「仇敵」イスラエルとの国交正常化に走る可能性があり、湾岸諸国の新世代の指導者たちの下で中東におけるイスラエルの役割に対する見方が変わるかも知れない。一方で、パレスチナ人のパレスチナ国家樹立の夢は泡と消えそうだ。

UAEは他に先んじてイスラエルとの国交正常化に動いたわけだが、バーレーンやオマーンといった国々もそう遠くない未来に追随する可能性がある。イスラエルとアメリカは最終的には、中東の2つの超大国の1つであるサウジアラビアがこの動きに加わることを期待している。

サウジアラビアはイスラム教の聖地を擁し、膨大な富と石油資源、そして装備の整った軍隊を持つ国だが、それゆえにすぐに方針転換するのは難しいだろう。例え若きムハンマド・ビン・サルマン皇太子がパレスチナ問題の優先度を下げ、湾岸地域でイラン包囲網(トランプ政権が必死で構築を目指してきたものだ)を強化したいと望んでいたとしてもだ。

盟主ゆえのサウジの「難しい立場」

シンクタンク「国際危機グループ」のタレク・バコニ上級アナリストは本誌に対し、サウジアラビアの置かれた状況はUAEより複雑だと語る。詳細はまだ明らかになっていないものの、今回の合意は「(エルサレムにある)イスラム教の聖地に対するイスラエルの主権をほぼ認めたということだ」と彼は言う。

だがサウジアラビアの国王は聖地メッカとメディナにある「2つの聖なるモスク(イスラム教礼拝所)の守護者」と呼ばれている。そんなサウジアラビアがエルサレムに対するイスラエルの支配を受け入れるようなことがあれば、すべてのイスラム教徒の擁護者であるはずのサウジアラビアの建前が揺らぎかねない。「事情は(UAEとは)まったく異なると思う」とバコニは言う。

ムハンマド皇太子も自らに批判的な人々の暗殺を(直接、殺害実行を指示したかどうかはともかく)図ったとして世界から非難を浴びている身であり、政治的に配慮しなければならない問題をいろいろと抱えている。

人権活動家や女性の権利拡大を求める人々、他の王族や富裕な実業家らを投獄するなど、彼の強権的な統治手法は世界的に知られている。イエメン内戦への軍事介入は、深刻な人道的危機を引き起こしてもいる。

<参考記事>UAE・イスラエル和平合意の実現──捨て去られた「アラブの大義」
<参考記事>パレスチナ人を見殺しにするアラブ諸国 歴史が示す次の展開は...

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

台湾の頼次期総統、20日の就任式で中国との「現状維

ワールド

イスラエル軍、ガザ北部で攻勢強化 米大統領補佐官が

ワールド

アングル:トランプ氏陣営、本選敗北に備え「異議申し

ビジネス

日本製鉄副会長が来週訪米、USスチール買収で働きか
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 4

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、…

  • 5

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 6

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    中国のホテルで「麻酔」を打たれ、体を「ギプスで固…

  • 9

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 10

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 9

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中