最新記事

新型コロナウイルス

ウイルス発生源をめぐる米中対立と失われたコロナ封じ込め機会

2020年4月22日(水)15時15分
小谷哲男(明海大学教授・日本国際問題研究所主任研究員)

一方、米情報機関は、武漢の研究機関からウイルスが意図せず漏洩された可能性に注目するようになった。米メディアによれば、2018年1月に武漢ウイルス研究所を訪問した米政府関係者が、同研究所内でのコウモリのウイルスの取り扱いに関して安全性と管理体制が不十分であることを危惧し、米政府の支援が必要だと公電で報告していた。この公電は、武漢での新型ウイルスの感染拡大後、政権内で広く回覧され、同研究所のインターンがゼロ号患者となったという見方が強まっている。トランプ政権内では、同じく武漢にある疾病対策予防センターのウイルス研究の責任者である田俊华(Tian Junhua)氏が、不注意から最初の患者になった可能性も検討されている。

武漢ウイルス研究所でコウモリ研究の責任者で「バットウーマン」の異名を持つ石正麗氏は、いち早く新型コロナウイルスの遺伝子配列情報を解析し、科学誌ネイチャーで、武漢から遠く離れた雲南省のコウモリに起因するウイルスと96パーセント類似していることを明らかにした。石氏は、米科学誌のインタビューに答えて、新型コロナウイルスが自身の所属する研究機関が保有するどのウイルスとも一致しないと述べ、漏洩の可能性を否定している。中国外交部の報道官も、その可能性を否定した。

責任転嫁から責任追及へ

しかし、香港メディアによって、国家保健委員会の指示をうけて、武漢ウイルス研究所の所長が新型コロナウイルスに関する一切の情報を公開しないように部下に指示したとも伝えられている。また、武漢疾病対策予防センターの責任者に関する情報は、同センターのウェブサイトから抹消されている。SNSを通じて武漢での新型肺炎の拡大を告発した8人の市民が当局に拘束されたことも伝えられている。

このため、トランプ政権内では、中国政府が新型コロナウイルスの感染者数や死者数について情報操作を行っているだけでなく、発生源について当初海鮮市場としたのも、研究施設からのウイルスの漏洩を隠蔽するためだったのではないかとみなす向きがある。中国政府は1月初旬に新型コロナウイルスのサンプルを米国に提供したが、追加のサンプルの提供や武漢への米国人専門家の派遣を中国が拒んだことも、不信感を募らせている一因である。しかし、研究所漏洩説を裏づける確実な根拠は未だに示されていない。

米メディアによれば、米国の情報機関は早い段階から武漢での新型ウイルスの感染拡大が米国に及ぶ可能性を指摘していた。しかし、トランプ政権は、当初新型コロナウイルスの感染拡大の可能性を過小評価し、大統領選挙を控えて感染症対策よりも経済を重視する姿勢を維持した。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米財務長官、ロシア凍結資産活用の前倒し提起へ 来週

ビジネス

マスク氏報酬と登記移転巡る株主投票、容易でない─テ

ビジネス

ブラックロック、AI投資で各国と協議 民間誘致も=

ビジネス

独VW、仏ルノーとの廉価版EV共同開発協議から撤退
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 2

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、さらに深まる

  • 3

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 4

    無名コメディアンによる狂気ドラマ『私のトナカイち…

  • 5

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 6

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 7

    中国のホテルで「麻酔」を打たれ、体を「ギプスで固…

  • 8

    他人から非難された...そんな時「釈迦牟尼の出した答…

  • 9

    「香りを嗅ぐだけで血管が若返る」毎朝のコーヒーに…

  • 10

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 6

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 7

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 10

    地下室の排水口の中に、無数の触手を蠢かせる「謎の…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中