最新記事

BOOKS

メディアで報じられない「金と欲」に翻弄された東日本大震災被災地の現実

2019年4月3日(水)16時55分
印南敦史(作家、書評家)


「就労不能損害補償」である。就労不能損害補償とは、原発事故が無ければ入ってきたはずの収入と、原発事故後に得た収入の差額を支払う補償である。
 つまり、仕事をしなければ事故前の収入が丸々入ってくる。しかし新たに仕事を始めればその分が差し引かれ、結局、仕事してもしなくても同じなのだ。
 さらに期間内であれば、失業手当は別にもらえる訳だからむしろ、仕事などしない方がいい。言うまでもなく、本来この補償の意図は原発事故によって仕事を失い、仕事をしたくても新たな仕事に就けない人の為のものであるが、仕事をしなければお金がもらえるという、結果的にこれを逆手に取った被災者も生み出してしまう。(「被災者の本音 あとがきに代えて」より)

ここに挙げたことはほんの一端にすぎないが、いまもなお、被災者同士のいがみ合いは続いているという。著者が仮設住宅のある事務局に確認したところ、平成27年春以降に帰還を開始した福島県の楢葉町では、当時の段階で新築の予定棟数400棟、修繕やリフォームで1600棟が予定されているのだそうだ。

つまり福島県に関しては、まだまだ建設ラッシュは終わらない様子。しかし、そうした震災バブルも永遠ではなく、いつかは終わりを迎えるのだ。だからこそ、著者の以下のことばには強い説得力を感じる。


 東日本大震災発生時の、水も食料も途絶えた一週間、一杯の水にどれほど感謝したものか。一つのおにぎりにどれだけ至福を満たされた事か......幸せというのは高価な物を腹一杯食することではなく、空腹を満たすこの一瞬に感じる事の出来る感覚なのだろう。(「被災者の本音 あとがきに代えて」より)

感謝の気持ちを忘れると、人は「してもらっていること」に要求をするようになる。原発事故も人間の貪欲さが引き起こしたものであり、震災後の被災者間のお金をめぐる確執も、その根源は人間の欲であると著者は指摘している。

8年間という歳月は記憶を曖昧にさせるが、いまなお考えなければならない問題が、我々に残されていることは間違いないだろう。

innami190403shinsai_cover.jpg『震災バブルの怪物たち』
 屋敷康蔵 著
 鉄人社

[筆者]
印南敦史
1962年生まれ。東京都出身。作家、書評家。広告代理店勤務時代にライターとして活動開始。現在は他に「ライフハッカー[日本版]」「東洋経済オンライン」「WEBRONZA」「サライ.jp」「WANI BOOKOUT」などで連載を持つほか、「ダ・ヴィンチ」などにも寄稿。『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)をはじめ、ベストセラーとなった『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)など著作多数。

ニューズウィーク日本版 世界が尊敬する日本の小説36
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年9月16日/23日号(9月9日発売)は「世界が尊敬する日本の小説36」特集。優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

米中首脳、来月の直接会談で合意 TikTok交渉で

ワールド

米共和有力議員、トーク番組休止で異例の批判 「まる

ワールド

トランプ氏のNYT名誉棄損訴訟却下、訴状が冗長で不

ワールド

米大統領令、高度専門職ビザに10万ドル申請料 ハイ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    数千円で買った中古PCが「宝箱」だった...起動して分かった驚きの中身
  • 2
    【動画あり】トランプがチャールズ英国王の目の前で「不敬行為」? ネットでは非難轟轟、真相は?
  • 3
    筋肉はマシンでは育たない...器械に頼らぬ者だけがたどり着ける「究極の筋トレ」とは?
  • 4
    「ミイラはエジプト」はもう古い?...「世界最古のミ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    【クイズ】21年連続...世界で1番「ビールの消費量」…
  • 7
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ…
  • 8
    トランプに悪気はない? 英キャサリン妃への振る舞い…
  • 9
    「より良い明日」の実現に向けて、スモークレスな世…
  • 10
    漫画やアニメを追い風に――フランス人が魅了される、…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の物体」にSNS大爆笑、「深海魚」説に「カニ」説も?
  • 3
    数千円で買った中古PCが「宝箱」だった...起動して分かった驚きの中身
  • 4
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 5
    【動画あり】トランプがチャールズ英国王の目の前で…
  • 6
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 7
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ…
  • 8
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、…
  • 9
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く…
  • 10
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 6
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 7
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 8
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中