最新記事

未接触部族

「北センチネル島」の宣教師殺害事件で問われる「未接触部族」の権利

2018年12月11日(火)16時03分
内村コースケ(フォトジャーナリスト)

「不法侵入よりも大きな犯罪」

欧米メディアでは、これは「宗教的に計画された訪問」だとして、総じて批判的に報じている。批判の焦点となっているのは、そもそも、島への接近を禁止しているインドの法律を犯している点が一つ。そして、その目的が「見当違い」「完全な間違い」だという、「思想の押し付け」に対する批判だ。アメリカの著名キリスト教系ブロガーも、痛烈な批判を繰り広げた。

英ランカスター大学で人権問題などを研究するカロリーナ・フォリス氏は、「こうした世論から、先住民と彼らの権利に対する考え方が、この数十年で大きく変わったことが分かる」と述べている(豪オピニオン・サイト「The Conversation」)。同氏は、かつては、先住民にとって最良の選択は、支配的な社会と融合することによって近代化することだと考えられていたが、今は、彼らに自己決断と自治の権利を認める考えが広がっているとしている。2007年の「先住民族の権利に関する国連宣言」も、未接触部族が孤立して暮らす権利を支持している。

未接触部族に限って言えば、それは「放って置かれる権利」だとも言えると、フォリス氏は言う。つまり、文明人側は、いかに善意に基づいていたとしても、その部族が外界との接触を望まない限り、接触を避けるべきだという考え方だ。チャウ氏のアプローチに対する批判の根幹には、こうした人権意識がある。

しかし、フォリス氏は、使用言語すらも分からないセンチネル族が、本当に「放って置かれる」ことを望んでいるか、彼らの侵入者に対する態度だけで推測するのは危険だと述べている。彼らの真意を知るために、コミュニケーションを取る努力はするべきだというのが彼女の主張だ。

一方、インド政府の少数部族保護機関、国家指定部族委員会(NCST)のナンド・クマール・サイ委員長は、チャウ氏の行動は、「非論理的で無知だ」と批判した。同委員長は、「先住部族、しかも、どんな言葉を話し、どんな宗教を信じているのかも分からない部族を改宗させようとするのは、不法侵入よりも大きな犯罪だ」と辛辣だ(中国国際放送ネットワークCGTN)。

「犬のタブー」がある島

センチネル族のような未接触部族は、世界に100以上あると言われている。アマゾンの熱帯雨林も未接触部族が多い地域で、特にペルーのアマゾンには4500人・16グループほどが存在するという。文明社会と地続きのアマゾンでは、北センチネル島と違って完全に孤立を保つのは難しく、これよりもずっと多くの部族が文明人の攻撃を受けて滅ぼされたり、犯罪に巻き込まれたり、疫病の蔓延に苦しんできた。そうしたことから身を守るために、アマゾンで生き残った民の中には、孤立を積極的に望む部族が多いのだ。

翻って、日本にはあらためて調べるまでもなく、未接触部族は存在しない。島国で離島も多くあるとはいえ、近代文明が隅々まで行き渡っているのが我が国だ。だから、北センチネル島の事件など地理的条件以上に遠い世界の話だと感じられる。

ただし、筆者が知る限り、「犬」という特定の動物(家畜)の上陸を許さない島はある。宮城県・石巻沖に浮かぶ田代島だ。東日本大震災の震源地のすぐ近くでもあり、筆者は震災直前の2011年1月と、直後の同年5月に訪れている。

田代島は、約80人の人口よりも猫の数がずっと多く、猫神社もあるほど猫が大事にされている「猫の島」だ。近年は、猫がのびのびと暮らす様子を見に島を訪れる観光客が多い。一方で、この島には犬が一匹もいない。それも、島の歴史上、ずっとだ。田代島に向かうフェリーで犬連れの人に出会ったが、その人も「隣の網地島に行くんです。田代島は犬はダメなんですよ」と事もなげに言っていたものだ。

tj113.jpg

犬がいない島でのびのびと暮らす田代島の猫たち=撮影:内村コースケ

「放って置かれる権利」

こうした地域の因習的な問題は、観光地としての印象や地域住民の名誉などに関わる場合があり、なかなかデリケートだ。なぜ犬はダメなのか。ストレートに聞いてもはっきりとした答えは返ってこない。地元の人も、「昔からそうだから」としか言いようがないのだ。今と違う昔の価値観に基づいている場合が多いだろうから、当たり前のことではある。そう思って、田代島の「犬のタブー」も深追いはしなかった。

古くは、民俗学者の柳田國男が田代島を題材にした随筆の中で、この問題にやはり遠慮がちに触れている。「自分の推測では犬を寄せ付けなかつた最初の理由は、島を葬地とする慣習があつたからだらうと思ふ。以前の葬法は柩を地上に置いて、亡骸の自然に消えて行くのを待つたものらしく、従って獣類の之に近寄ることを防いだ形跡は、色々と残っている」(柳田國男『猫の島』昭和14年)

柳田は、「あくまで推測である」と断りを入れて風葬の風習と犬のタブーとの関わりを示唆しつつ、こうも書いている。「そんな陰気な話はもう忘れた方がよいのだから、是以上に詳しくは説いて見ようと思はない」。日本の離島や山間地に残る風習にも、「放って置かれる権利」があるのではないだろうか。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

北朝鮮の金総書記、新誘導技術搭載の弾道ミサイル実験

ビジネス

アングル:中国の住宅買い換えキャンペーン、中古物件

ワールド

アフガン中部で銃撃、外国人ら4人死亡 3人はスペイ

ビジネス

ユーロ圏インフレ率、25年に2%目標まで低下へ=E
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、さらに深まる

  • 4

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 5

    中国のホテルで「麻酔」を打たれ、体を「ギプスで固…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    無名コメディアンによる狂気ドラマ『私のトナカイち…

  • 8

    他人から非難された...そんな時「釈迦牟尼の出した答…

  • 9

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 10

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 6

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 7

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 8

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 9

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中