最新記事

サウジアラビア

正当防衛訴えたインドネシア人女性を処刑 情け容赦ないサウジに反感強まる

2018年10月31日(水)18時30分
大塚智彦(PanAsiaNews)

サウジのインドネシア人死刑囚は16人

海外出稼ぎインドネシア人労働者の権利保護などを行っている人権団体「ミグラント・ケア」によると、メイドやベビーシッター、ウェイトレスなどとして働くインドネシア人女性は、「男尊女卑」が色濃く社会に残る中東で、暴力、虐待、レイプなどの人権侵害に遭う事例が頻繁に起きているという。

特にサウジアラビアでの人権侵害は深刻で、これまでにサウジ人雇用主から顔をハサミで切られたり、アイロンを押し付けられたりするなどの事例が報告されている。このためインドネシア政府は2015年にサウジへのインドネシア労働者の一時派遣中止のモラトリアムを発表している。

しかしインドネシア政府の方針に反して違法仲介業者などを介してサウジへ渡航、就労するインドネシア人は今も後を絶たない状況が続いていた。

2018年3月にはインドネシア人女性メイド、ザイニ・ミストリさんがやはり今回と同様に減刑嘆願にも関わらず死刑を執行されている。サウジのメイド虐待はインドネシア人メイドに限らず、フィリピン人メイドやスリランカ人メイドらも雇用主らに熱湯を浴びせられたり、長期間十分な食事を与えられなかったりという被害を受けるケースも明らかになっている。

こうした事態にも関わらずサウジ政府は2017年からインドネシア人メイドの派遣再開を度々インドネシア政府に要請してきた。そしてこれに応える形でインドネシア政府は「人数を限定した派遣再開」でサウジ政府と10月11日に合意したばかりだった。

「派遣停止」を大統領に訴え

今回の事態を受けて「ミグラント・ケア」ではサウジ政府に対する強い抗議と非難を明らかにすると同時にジョコ・ウィドド大統領に対し「サウジへのインドネシア人労働者派遣に関する合意を破棄して、派遣を全面的に中止するべきだ」と求めている。

ただ、世界最大のイスラム教徒人口を抱えるインドネシア政府としては、イスラム教徒の重要な義務であるサウジへの「聖地巡礼(ハッジ)」の人数の割り当て、調整などに関してサウジ政府と交渉する必要もあり、強気に出られない立場といわれている。

2019年4月の大統領選に向けてジョコ・ウィドド大統領が今後世論の動向を見極めながらどのような対サウジ外交を進めるのかが注目されている。


otsuka-profile.jpg[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など

ニューズウィーク日本版 世界が尊敬する日本の小説36
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年9月16日/23日号(9月9日発売)は「世界が尊敬する日本の小説36」特集。優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米中首脳、来月の直接会談で合意 TikTok交渉で

ワールド

米共和有力議員、トーク番組休止で異例の批判 「まる

ワールド

トランプ氏のNYT名誉棄損訴訟却下、訴状が冗長で不

ワールド

米大統領令、高度専門職ビザに10万ドル申請料 ハイ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    数千円で買った中古PCが「宝箱」だった...起動して分かった驚きの中身
  • 2
    【動画あり】トランプがチャールズ英国王の目の前で「不敬行為」? ネットでは非難轟轟、真相は?
  • 3
    筋肉はマシンでは育たない...器械に頼らぬ者だけがたどり着ける「究極の筋トレ」とは?
  • 4
    「ミイラはエジプト」はもう古い?...「世界最古のミ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    【クイズ】21年連続...世界で1番「ビールの消費量」…
  • 7
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ…
  • 8
    トランプに悪気はない? 英キャサリン妃への振る舞い…
  • 9
    「より良い明日」の実現に向けて、スモークレスな世…
  • 10
    漫画やアニメを追い風に――フランス人が魅了される、…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の物体」にSNS大爆笑、「深海魚」説に「カニ」説も?
  • 3
    数千円で買った中古PCが「宝箱」だった...起動して分かった驚きの中身
  • 4
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 5
    【動画あり】トランプがチャールズ英国王の目の前で…
  • 6
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 7
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ…
  • 8
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、…
  • 9
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く…
  • 10
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 6
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 7
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 8
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中