最新記事

報告書

地球温暖化:死守すべきは「1.5℃」 国連機関がより厳しい基準を提言 

2018年10月11日(木)19時10分
内村コースケ(フォトジャーナリスト)

「我々は、1.5℃にとどめることによる莫大なメリットを得るには、エネルギーシステムと交通・輸送のかつてない改革が必要だと訴えている」と、影響緩和のワーキンググループの共同代表、ジム・スキア氏は語る。「それは、物理学と化学によって成し遂げられる。最終的にそれを実現するのは政治的な意思だ」。同氏は、今回の報告書作成で明らかになったのは、事は緊急を要していることだと言う(英紙ガーディアン)。

しかし、現状は厳しい。再生可能エネルギーの開発は予想を上回るペースで進んでいるという見方が多いものの、たとえば、農地拡大などのための森林破壊はその効果を上回るペースで進んでいる。

政治に目を向けても、世界最大の温室効果ガス排出国のアメリカがパリ協定離脱を表明しているなど、世界の足並みは揃っていない。発展途上国や中国などの新興国の温室効果ガス削減への抵抗感も強い。ブラジルでは、佳境を迎えている大統領選で、決選投票まで進んだ極右系候補、ジャイール・ボウソナロ氏が、トランプ大統領と同様にパリ協定からの離脱を主張しているほか、アマゾンの熱帯雨林の農地転用を政策に掲げている。

「今」が次世代にバトンを渡すラストチャンスか

日本にも、地球温暖化の影響や温暖化そのものに懐疑的な視線を向ける世論はある。一方で、この夏各地で見られた異常な高温、そして豪雨による水害、過去最大規模の台風が相次いだことで、温暖化を実感した人も多いだろう。

世界でも同様で、アメリカには記録的規模のハリケーンが襲い、スウェーデンの北極圏ではかつてない大規模な山火事が発生。南アフリカのケープタウンも大規模な干ばつに見舞われた。これらはいずれも温暖化の影響だと言われている。IPCCも、「気候変動(温暖化)は既に起きている」というスタンスだ。

中長期的な温暖化防止策よりも、目先の経済発展を優先していると思われがちな中国でも、市民の意識に変化が見られるという。「1.5℃報告書」の共著者の一人で、中国のエネルギー研究者のジャン・ケジュン氏は、「北京の人々は今夏、かつてない暑い日々を経験した。それにより、気候変動を話題にする人が増えている」とガーディアンに語っている。中国政府も現在、2050年に向けた温室効果ガス削減策を取りまとめており、IPCCの発表は、中国にとってもタイミングが良かったと同氏は言う。

「この報告書は非常に重要だ。1.5℃が単なる政治的な譲歩ではないという、科学的な骨太さを持っている。2℃は危険だという認識が広がっている」(スウェーデンの環境学者、ヨハン・ロックストローム氏)など、「1.5℃報告書」を評価する著名な専門家は多い。一方で、気候学者のオピニオンサイト『Real Climate』には、1.5℃未満の上昇に止めることは、現実的には「できない」とする意見も寄せられている。この投稿者は、動き出すのが25年遅かったという見解だ。

気候科学の第一人者、元NASA宇宙研究所ディレクターのジェームズ・ハンセン氏は、1.5℃でも2℃でも、人類は未知の危険な領域に入ると述べている。ただ、やはり両者には大きな違いがあり、1.5℃ならば、若い人たちと次世代に危機を乗り越えるチャンスが与えられるという考えだ(ガーディアン)。IPCCは、1.5℃を「超えてはならない一線」とし、「今すぐ行動を起こさなければ間に合わない」と警告している。

「1.5℃報告書」の内容は、12月にポーランドで開かれる国連気候変動枠組条約締結国会議(COP24)で、世界に正式に提言される。これを受け、最低削減目標をパリ協定の「2℃」から「1.5℃」に上げるか否かが、同会議の最大の焦点となるだろう。次世代にバトンを渡せるかは、我々の「今」の行動にかかっている。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

北朝鮮の金総書記、新誘導技術搭載の弾道ミサイル実験

ワールド

アフガン中部で銃撃、外国人ら4人死亡 3人はスペイ

ビジネス

ユーロ圏インフレ率、25年に2%目標まで低下へ=E

ビジネス

米国株式市場=ダウ終値で初の4万ドル台、利下げ観測
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、さらに深まる

  • 4

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 5

    中国のホテルで「麻酔」を打たれ、体を「ギプスで固…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    無名コメディアンによる狂気ドラマ『私のトナカイち…

  • 8

    他人から非難された...そんな時「釈迦牟尼の出した答…

  • 9

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 10

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 6

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 7

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 8

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 9

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中