最新記事

アメリカ社会

アメリカ死体市場の闇 貧困層の善意の献体狙う「ボディブローカー」

2017年11月7日(火)12時40分

10月24日、多くの米国民が毎年、科学に貢献していると信じて献体している。だが実際には、その多くが意図せずして、いわゆる「ボディーブローカー」によって切断され、部位ごとに医学研究者や研修機関、その他の買い手に売られている。写真は、ボディーブローカー「サザン・ネバダ」の倉庫の外にある棺桶やモップ、部位を輸送するのに使用されたクーラーボックス。ネバダ州で7月撮影(2017年 ロイター/John Shiffman)

「シン・シティ(犯罪の街)」の異名がある米ネバダ州ラスベガスの葬儀場に、ある会社のパンフレットが陳列されている。その表紙には、固く手を握り合うカップルの写真の上に「困った時には選択肢を提供いたします」と書いてある。

このパンフレットの発行元「サザン・ネバダ・ドナー・サービス」は、嘆き悲しむ遺族に、高額な葬儀費用を支払わなくて済む方法を提供していた。愛する人の遺体を「高度な医学的研究」に提供する代わりに、無料で火葬するというものだ。

だがラスベガス郊外にある同社倉庫の外では、慰めとは程遠い事態が起こっていた。

2015年秋、ごみ収集用大型容器から何とも言えない悪臭が漂い、血の付いた箱が捨てられていることに、近所から苦情が出るようになった。同年12月、サザン・ネバダ倉庫の敷地で不審な活動が行われているとの通報があったことを、地元の衛生当局の記録は示している。

現場を訪れた当局者は、庭仕事用ホースを手にした手術着姿の男を発見した。男は真昼の太陽の下で、凍った人間の胴体を解凍していた。

サザン・ネバダが、遺体を集めて切断し、部位ごとに医学研究者や研修機関、その他の買い手に売って利益を得ている、いわゆる「ボディーブローカー」であることが判明した。担架に乗せられていた胴体も、売るための準備の最中だった。

毎年、多くの米国民が、科学に貢献していると信じて献体している。だが実際には、その多くが意図せずして、ほとんど規制されていない国内市場で「原材料」として取引されている。

ボディーブローカーは、移植用ではない組織バンクとしても知られる。政府が厳しく規制する移植用の臓器や組織を提供する業界とは完全に異なるものだ。移植のために心臓や腎臓、腱を売ることは違法だが、研究・教育目的で死体や体の一部を売ることを規制する連邦法は存在しない。何かしら監督する州法もほとんどなく、専門知識の有無にかかわらず、ほぼ誰でも人体の一部を切断して売ることが可能となっている。

「参加自由、というのがいまの状況だ」と、ミネソタ大学メディカルスクールで献体プログラムの責任者を務めるアンジェラ・マッカーサー氏は話す。「何世紀も昔の墓泥棒と同じような問題をわれわれは目にしている」

このようなビジネスモデルの成立は、大量の遺体を無料で確保できるかどうかにかかっている。貧困層がそのターゲットとされることが多い。遺体の提供を受ける代わりに、ブローカーは通常、無料で遺体の一部を火葬する。無料の火葬を提供することで、ブローカーは追いつめられた状況にある低所得家庭を勧誘すると、葬儀業界に詳しい関係者は言う。愛する人の医療費で貯金を使い果たし、通常の葬式を出すことのできない人が数多くいる。

「経済的な余裕がある人は、どの方法を選ぶかについて、モラル的な、倫理的な、精神的な議論をする機会があるだろうが、お金のない人は献体という最後の手段を選ぶしかないかもしれない」と、イリノイ州のホスピスで働くソーシャルワーカーは語った。

規制がほとんどないため、遺体が不当に扱われても、報いを受けさせることはほぼ不可能だ。サザン・ネバダの場合、関与していた従業員の1人に対し、軽度の公害犯罪が記録されただけだ。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

赤沢再生相、対米投資5500億ドルで覚書 自動車関

ビジネス

実質賃金7月は0.5%増、7カ月ぶりプラス 夏のボ

ビジネス

実質消費支出7月は+1.4%、3カ月連続増 自動車

ワールド

米政権の洋上風力発電事業中止命令、オーステッドと米
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【動画あり】9月初旬に複数の小惑星が地球に接近...地球への衝突確率は? 監視と対策は十分か?
  • 2
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 3
    「よく眠る人が長生き」は本当なのか?...「睡眠障害」でも健康長寿な「100歳超えの人々」の秘密
  • 4
    「生きられない」と生後数日で手放された2本脚のダ…
  • 5
    「あのホラー映画が現実に...」カヤック中の男性に接…
  • 6
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 7
    【クイズ】世界で2番目に「農産物の輸出額」が多い「…
  • 8
    世論が望まぬ「石破おろし」で盛り上がる自民党...次…
  • 9
    SNSで拡散されたトランプ死亡説、本人は完全否定する…
  • 10
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 1
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 2
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動ける体」をつくる、エキセントリック運動【note限定公開記事】
  • 3
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 4
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 5
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 6
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 7
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 8
    【動画あり】9月初旬に複数の小惑星が地球に接近...…
  • 9
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 10
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を呼びかけ ライオンのエサに
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 9
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 10
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中