最新記事

ロシア政治

「汚職疑惑」に潜むロシア政府の不安定性

2017年6月12日(月)18時30分
溝口修平(中京大学国際教養学部准教授)

ロシアの反体制活動家のアレクセイ・ナヴァリヌィ Sergei Karpukhin-REUTERS

<プーチン政権は磐石のように見えるが、反体制活動家のアレクセイ・ナヴァリヌィがメドヴェージェフ首相による大規模な汚職の実態を暴露する動画を公開して以降、メドヴェージェフ首相の不支持率が支持率を上回る事態となった>

2017年5月31日、モスクワのリュブリンスキー地区裁判所は、ロシアの大富豪アリシェル・ウスマノフの訴えを認め、反体制活動家のアレクセイ・ナヴァリヌィがYouTubeなどで公開した動画の削除を求める判決を下した。

この事件の発端は、今年3月にナヴァリヌィが、メドヴェージェフ首相による大規模な汚職の実態を暴露する動画を公開したことにある。汚職は、ロシアにおいて長らく深刻な社会問題であり、メドヴェージェフはその汚職対策の旗振り役であった。しかし、ナヴァリヌィは、この現職首相が自分の元同級生などが代表を務める団体を利用して、巨大な邸宅、ワイナリー、ヨットなど、莫大な蓄財をしていると糾弾したのである。

動画は国内外で大きな話題となり、公開から約3ヶ月で2000万回以上の再生回数を記録した。また、3月26日に、ナヴァリヌィの呼びかけによってロシア全土で反政府集会が行われたが、この集会に若者を中心として数万人の市民が参加したのも、この動画の影響が大きかったとされる。ロシアでは2011年から12年にかけても反政府運動が一時的に盛り上がったが、この集会はそれを上回る規模となった。

ロシア政府も、これまで政治に無関心であった若者が政権に批判的になっていることを深刻に受け止め、集会後には若者の支持獲得のための対策を協議した。ただし、政府、そしてメドヴェージェフ首相自身は、ナヴァリヌィの動画を基本的に黙殺した。議会でも、野党共産党がこの問題の審議を提案したが、下院の4分の3以上を占める与党「統一ロシア」の反対で、この提案は却下された。政府は、これまでどおり、反体制派の批判に対して「議論」すること自体を拒否した。

【参考記事】プーチンを脅かす満身創痍の男

アーセナルの株主ウスマノフからの攻撃

ただし、意外なところから、ナヴァリヌィに対する攻撃が加えられた。それがウスマノフである。ウズベキスタン生まれのウスマノフは、主に冶金業分野で財をなし、2000年から2014年まではガスプロム・インベストメント・ホールディング社の会長を務めた。現在は新聞、通信会社などを所有し、サッカー・プレミアリーグの人気チーム、アーセナルの株主であることでも知られている。フォーブス誌によれば、2017年6月現在の彼の総資産は144億ドルである。

ナヴァリヌィの「調査」では、ウスマノフが、50億ルーブル(約96億円)相当の邸宅をメドヴェージェフの同級生が管理する団体(「社会国家計画」基金)に賄賂として送ったことになっている。ウスマノフは、自身の名誉と尊厳を守るために、ナヴァリヌィと彼が主宰する「反汚職基金」に対する訴訟を起こした。さらに、ナヴァリヌィに反論する動画を立て続けに公開して、「嘘つき野郎」のナヴァリヌィに「唾をかけるぞ」と罵った。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

香港の銀行、不動産不況による信用リスクに直面=ムー

ワールド

中国の複数都市が公共料金値上げ、デフレ圧力緩和も家

ワールド

インドネシア貿易黒字、4月は35.6億ドル 予想上

ワールド

韓国大統領、ウクライナ支援継続表明 平和サミット出
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少子化の本当の理由【アニメで解説】

  • 2

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダブルの「大合唱」

  • 3

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史も「韻」を踏む

  • 4

    アメリカからの武器援助を勘定に入れていない?プー…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 7

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 8

    ロシア国営企業の「赤字が止まらない」...20%も買い…

  • 9

    ユーロビジョン決勝、イスラエル歌手の登場に生中継…

  • 10

    「ゼレンスキー暗殺計画」はプーチンへの「贈り物」…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 6

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中