最新記事

中国外交

中国経済圏構想を脅かすモンゴルとバチカンの関係

2016年9月6日(火)17時00分
楊海英(本誌コラムニスト)

Oleg Nikishin/GETTY IMAGES

<モンゴル遊牧民へのカトリック浸透が民族運動に火を付ける? アジアとヨーロッパを結ぶ習政権の野心的な経済圏構想「一帯一路」を脅かす、「大モンゴル国再建」の思想とは>(モンゴルの首都ウランバートルのカトリック教会)

「一帯一路」で世界をつなぐ、と中国の習近平(シー・チンピン)政権は標榜している。陸路と海路とでアジアとヨーロッパとを結ぶという野心的な経済圏構想のことだ。一方、国内のモンゴル人とヨーロッパとの東西交流は阻止。内モンゴル自治区西南部のオルドスに住む約3000人のモンゴル人カトリック教徒はバチカンによる後継司教の任命を待ち望んでいるが、果たせないままでいる。

 モンゴルとキリスト教世界との交流の歴史は古い。13世紀にモンゴル帝国軍が西進したとき、西洋は「東方から伝説のキリスト教王がイスラム教徒を征服に現れた」と期待した。この勘違いには根拠がある。チンギス・ハンが征服した草原の遊牧民の中には古代キリスト教の一派を奉じる王と配下の者たちがいた。

 やがてモンゴル帝国により、ユーラシア全体が「一帯一路」を凌駕する巨大な海と陸の交易網で結び付けられた。ローマ教皇(法王)は伝道者を元朝に派遣し、帝国内の古代キリスト教徒をカトリックに改宗させた。

 帝国崩壊で交流は断絶したが、転機は19世紀後半に訪れる。ベルギーのカトリック修道会、聖母聖心会の宣教師らが清朝支配下のオルドスで「忘れられた信徒」に遭遇。宣教師らは見事にこの地で信仰を復活させた。

【参考記事】トルコ政変は世界危機の号砲か

「大モンゴル国」への恐れ

 ところが、中国共産党が1949年にオルドスを占領すると、信教の自由を奪い、やがて宣教師を国外に追放した。宗教は「人民に害毒を与えるアヘン」で、宣教師は「西洋列強による侵略の先兵」と断じられた。

 現在、オルドスに住むテグスビリクは聖母聖心会が任命した最初のモンゴル人司教で、今年97歳。中華民国時代に北京で創立されたカトリック系の名門・輔仁大学を卒業。ラテン語とギリシャ語などヨーロッパ系の諸言語に精通し、日本語も操る。

 中国共産党によって10年間投獄された後、1980年代から宗教活動を再開したが、中国政府による弾圧に直面してきた。彼が再建した教会は何回も政府によって破壊され、その都度、信者らの手で建て直されてきた。

 対照的なのはモンゴル国だ。バチカンはこのほど若いモンゴル人、エンヘバータルを同国の司教に任命した。冷戦崩壊後に社会主義を放棄して自由主義陣営に加わったばかりのモンゴルは、1992年にバチカンと国交を樹立。以来、各派の宣教師たちは草原の遊牧民の国に殺到。今では300万人の国民のうち、クリスチャンは5%を占めるとの説もある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

アップル、見通しさえず株下落 第4四半期は予想上回

ワールド

米裁判所、マスク氏訴訟の手続き保留を決定 大統領選

ワールド

北朝鮮、31日発射は最新ICBM「火星19」 最終

ワールド

原油先物、引け後2ドル超上昇 イランがイスラエル攻
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:米大統領選と日本経済
特集:米大統領選と日本経済
2024年11月 5日/2024年11月12日号(10/29発売)

トランプ vs ハリスの結果次第で日本の金利・為替・景気はここまで変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本で「粉飾倒産」する企業が増えている理由...今後はさらなる「倒産増加」が予想される
  • 2
    「まるで睾丸」ケイト・ベッキンセールのコルセットドレスにネット震撼...「破裂しそう」と話題に
  • 3
    幻のドレス再び? 「青と黒」「白と金」論争に終止符を打つ「本当の色」とは
  • 4
    脱北者約200人がウクライナ義勇軍に参加を希望 全員…
  • 5
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 6
    北朝鮮軍とロシア軍「悪夢のコラボ」の本当の目的は…
  • 7
    天文学者が肉眼で見たオーロラは失望の連続、カメラ…
  • 8
    中国が仕掛ける「沖縄と台湾をめぐる認知戦」流布さ…
  • 9
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大き…
  • 10
    自爆型ドローン「スイッチブレード」がロシアの防空…
  • 1
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 2
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴出! 屈辱動画がウクライナで拡散中
  • 3
    キャンピングカーに住んで半年「月40万円の節約に」全長10メートルの生活の魅力を語る
  • 4
    幻のドレス再び? 「青と黒」「白と金」論争に終止符…
  • 5
    2027年で製造「禁止」に...蛍光灯がなくなったら一体…
  • 6
    【クイズ】次のうち、和製英語ではないものはどれ?…
  • 7
    世界がいよいよ「中国を見捨てる」?...デフレ習近平…
  • 8
    日本で「粉飾倒産」する企業が増えている理由...今後…
  • 9
    「決して真似しないで」...マッターホルン山頂「細す…
  • 10
    【衝撃映像】イスラエル軍のミサイルが着弾する瞬間…
  • 1
    ベッツが語る大谷翔平の素顔「ショウは普通の男」「自由がないのは気の毒」「野球は超人的」
  • 2
    「地球が作り得る最大のハリケーン」が間もなくフロリダ上陸、「避難しなければ死ぬ」レベル
  • 3
    秋の夜長に...「紫金山・アトラス彗星」が8万年ぶりに大接近、肉眼でも観測可能
  • 4
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大き…
  • 5
    死亡リスクはロシア民族兵の4倍...ロシア軍に参加の…
  • 6
    大破した車の写真も...FPVドローンから逃げるロシア…
  • 7
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 8
    韓国著作権団体、ノーベル賞受賞の韓江に教科書掲載料…
  • 9
    エジプト「叫ぶ女性ミイラ」の謎解明...最新技術が明…
  • 10
    コストコの人気ケーキに驚きの発見...中に入っていた…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中