タイ「恩赦ごり押し」法案の大誤算
不敬罪が民主化の妨げ
とはいえ、実際のところ恩赦法に抗議した人たちの多くは、インラックをタクシンの操り人形にすぎないとして批判する一方で、ステープとアピシットにも不信感を抱いていた。
結局のところ、恩赦法騒動で誰も得しなかったと、タイのタマサート大学のタネット・アポンスワン教授はみる。タクシン派と反タクシン派の不毛な報復合戦は終わりそうもない。インラックも和解に貢献できず、恩赦法に国民が猛反発したことから、タクシンが帰国すれば事態はさらに悪化するだろう。「誰の手にも負えず、誰も新たな道を示せない。共通の土台がないんだ」とタネットは言う。
それでも、タクシン派と反タクシン派が少なくとも表向きは一致する点が2つだけあるようだ。プミポン・アドゥンヤデート国王に対する敬愛、そして不敬罪の受刑者は恩赦の対象にならないという考えだ。
不敬罪は非常に厳しく、王族の役割を批判したり、細かく論じるだけで長期の懲役を食らいかねない。この法律があるために、王制に関する議論や報道は非常に抑えたものにならざるを得ない(国外のメディアですら訴追される可能性があり、筆者も例外ではない)。
人権団体の国際法律家委員会東南アジア支部で上級顧問を務めるベンジャミン・ザワッキは、不敬罪が改正される見込みはまずないと言う。そのためにタイでは政治的な議論が深められず、今回のような政治的危機を招きやすいというのだ。「不敬罪がある限りタイ政治について率直に、また批判的かつ客観的に議論することは不可能。神について語ることなく宗教を論じるようなものだ」
プミポン国王は来月86歳になる。シンクタンク「国際危機グループ」の東南アジア担当アナリスト、マット・ウィーラーはこの国の政治を立て直すにもはや王制の問題は避けて通れないと言う。
「タイの人々はプミポン後の時代に向けて、民主主義の原則と法の支配に基づく政治のルールに関し新たな合意を形成する必要がある」と、ウィーラーは訴える。「まず国民の大多数が民主政治に参加する準備ができていないという既成概念を捨てること。そして別の権威主義が(王制に)取って代わるのを許してはならない」
[2013年11月19日号掲載]