最新記事

中央アジア

キルギスで民族間衝突が起きるワケ

騒乱の根底にあるのは「ウズベク系住民=金の亡者」がキルギス系を騙して儲けてきたという固定観念だ

2010年6月15日(火)17時17分
ブライアン・パーマー

憎悪の炎 南部オシで起きた民族間衝突の死傷者の多くがウズベク系住民だった(6月11日) Reuters

 先週来、中央アジア・キルギスの民族衝突が続いている。南部の都市オシでキルギス系の暴徒がウズベク系住民を襲撃し、死者は約140人に上る。週明けの14日になって衝突は多少落ち着いたものの、武装したキルギス系の暴徒はまだ街を徘徊している。民族間の緊張が続く南部ではこれまでも衝突が日常的に起きてきたが、そもそもキルギス系とウズベク系住民は何をめぐって争っているのか。

 理由は金だ。キルギス南部は経済的に停滞している地域で、平均年収はキルギス全体の平均2150ドルの半分以下でしかない。この地域では、ウズベク系住民の方がキルギス系よりも裕福で、あこぎな商売で財を成しているというイメージが定着している。

 格差を明確に裏付けるデータはないが、このイメージによってキルギス南部は一触即発の地域と化してしまった。不況や政権交代、民族間の犯罪といった些細なきっかけで、職のないキルギス系の若者が武装し、暴徒化して街に繰り出すようになった。

遊牧民と定住民の文化の違い

 現在の固定観念を作ったのは、2つの民族間の歴史的、そして文化的な違いだ。20世紀まで、キルギス系の住民は国土の大半を占める天山山脈で狩猟や放牧をして暮らす遊牧民だった。これに対してウズベク系は何世紀もの間、農業や交易で生計を立ててきた。

 ロシアの支配下に置かれた1876〜1991年の間に、両民族の関係は様変わりした。多くのキルギス系が伝統的な生活様式を捨て、都市部や国外に移住して単純労働者となった。現在、多くのキルギス系労働者がモスクワなどで働いており、彼らからの仕送りが国民所得の40%を占めている。オシで働くキルギス系の移住労働者の多くは、ウズベク系に雇われている。そしてウズベク系住民は、民族構成の割合以上にこの地域の経済シェアを握っているとみられている。

 両民族は長年にわたって互いへの憎悪を除々に募らせてきた。キルギス系住民の多くはウズベク系をカネの亡者とみなしており、キルギス系をだまして富を築いているとみている。

 一方のウズベク系は旧ソ連時代、キルギス政府から抑圧されたことに不満を感じるようになった。ウズベク語の学校は非常に少なく、政府はしばしばウズベク系の農場を接収してキルギス系の高地住民が低地に移住するための住居を建設した経緯がある。

旧ソ連が抑え込んできた民族対立が表面化

 それでもおよそ100年の間、ソ連はキルギス系とウズベク系の緊張関係を何とか制御してきた。統制経済によって経済的格差は抑えられ、ウズベク系は隣国ウズベキスタンで民族の文化や教育を享受することもできた。モスクワの中央政府の圧政もプラスに働いた──散発的に起きた民族間の小競り合いはすぐに鎮圧され、誰もそれを語ることはなかった。

 しかし、ゴルバチョフ時代のグラスノスチ(情報公開)がすべてを一変させた。社会変革と共にキルギス系のナショナリズムが高まり、ウズベク系に対する抑圧的な政策が強化された。ウズベキスタンがキルギスタンよりもさらに抑圧的で貧困に苦しむ国になると、ウズベク系にとっても国境を越えるメリットがなくなった。

 90年にウズベク系が所有する土地を政府が接収するという噂が広まると、民族間の衝突が発生。ゴルバチョフ政権下で弱体化した旧ソ連政府が鎮圧したが、数百人が死亡した。

 そしてこの20年間、緊張は絶えずくすぶってきた。90年当時ほどひどくはないが、民族間衝突は日常化している。経済が悪化すれば、今回のように対立も激化する。

 今回の衝突の発端は、まだ正確には分からない。キルギス南部を地盤とするクルマンベク・バキエフ前大統領が今年4月の政変で国外追放されたが、彼の支持者らがウズベク系の背信行為の噂を広め、キルギス系の暴徒を動かしたという憶測も流れている。だが今のところ、この推測は立証されていない。

Slate.com特約)

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

トランプ氏、シリア制裁解除で大統領令 テロ支援国家

ビジネス

ECBの次回利下げ、9月より後になる公算=リトアニ

ワールド

トランプ氏、日本に貿易巡る書簡送付へ 「コメ不足な

ワールド

米政権がロス市提訴、ICE業務執行への協力制限策に
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 2
    普通に頼んだのに...マクドナルドから渡された「とんでもないモノ」に仰天
  • 3
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。2位は「身を乗り出す」。では、1位は?
  • 4
    「パイロットとCAが...」暴露動画が示した「機内での…
  • 5
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 6
    ワニに襲われ女性が死亡...カヌー転覆後に水中へ引き…
  • 7
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 8
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 9
    飛行機のトイレに入った女性に、乗客みんなが「一斉…
  • 10
    顧客の経営課題に寄り添う──「経営のプロ」の視点を…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 3
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門家が語る戦略爆撃機の「内側」と「実力」
  • 4
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 5
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 6
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 7
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 8
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた…
  • 9
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉…
  • 10
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 9
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中